東京高等裁判所 平成5年(う)698号 判決 1995年10月09日
本籍
東京都世田谷区松原四丁目三四番
住居
神奈川県川崎市宮前区宮前平二丁目八番地四 レックス宮前平四〇一
会社員
(元税理士)
伊藤信幸
昭和二二年一月三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成五年四月二六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官五島幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三年及び罰金九〇〇〇万円に処する。
原審における未決勾留日数中二七〇日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人市原敏夫、同田堰良三、同鈴木修司連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官五島幸雄作成の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第一事実誤認の主張に対する判断
論旨は、要するに、原判決が、被告人及びその家族らの名義で行われた株式取引のうち、<1>被告人の妻伊藤和代(以下「和代」という)、姉本名八重子(以下「八重子」という)、妹白井光江(以下「光江」という)、義母木村ハツ江(以下「ハツ江」という)の各名義で昭和六一年四、五月に購入され、昭和六二年三月に売却された飛島建設株(以下「飛島株」という)の取引、<2>被告人の父親伊藤伊三郎(以下「伊三郎」という)、母親伊藤ふみ(以下「ふみ」という)、和代の各名義で昭和六二年一、二月に購入され、同年三月に売却された飛島株の取引、<3>和代名義で昭和六一年八、九月、昭和六二年三月に購入され、同年六月及び一〇、一一月に売却された東洋リノリューム株の取引、<4>和代、光江、ハツ江、伊三郎の各名義で昭和六二年四月に、ふみ名義で同年七月に購入され、そのうち同年四月から七月にかけて売却された和代、ふみ、伊三郎名義の東洋電機製造株の取引、<5>ふみ名義で昭和六二年八月に購入され、同年一〇月に売却された堺化学工業株の取引は、いずれも右各名義人の取引であったのに、これを被告人の取引であると認定し、その売却益がすべて被告人に帰属し、被告人に脱税の故意があったと認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認にあたるというのである。
そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、原判決が、前記<4>の取引のうち、コスモ証券池袋支店の伊三郎名義の取引口座で昭和六二年に行われた東洋電機製造株二万二〇〇〇株の売却が被告人の取引であり、その売却益が被告人に帰属すると認定したのは、事実を誤認したものというべきであるが、これを除く前記の各株取引の主体がいずれも被告人であり、その売却益が被告人に帰属し、被告人に脱税の故意があったと認定したのは正当である。以下、説明を加える。
一 前記<1>の飛島株の取引について
1 この取引のうち、和代、光江、ハツ江の各名義で行われたものは、証券金融会社である株式会社ライフ(以下「ライフ」という)の被告人の融資枠が利用されており、八重子の名義で行われたものは、小林泰輔(以下「小林」という)の融資枠が利用されているが、原判決の判示するとおり、その分も実質上は被告人の融資枠を利用したものということができ、いずれも被告人がライフに差し入れた保証金とその信用に依拠して行われた取引である。
2 和代らは、その当時、いずれもさしたる資産は持たず、株取引の経験もなかったが、昭和六一年中に同女らの名義で購入された飛島株は、被告人の名義によるものと同じく、いずれも当時認められていた非課税取引限度枠いっぱいの一九万九〇〇〇株であった。
3 被告人は、自分の判断で、第一証券池袋支店で、右和代らの名義による飛島株購入のため買い注文や売り注文を行い(ただし、八重子名義の株の売却については、被告人が小林にその手紙を依頼して行った)、また、売買成立後、証券会社から各名義人宛に送付された売買報告書は、被告人が各名義人から交付を受けて保管していた。
4 光江、ハツ江の各名義で昭和六二年三月に売却された飛島株の売却代金は、ライフから被告人の銀行口座に入り、ライフとの間で借入金に関する精算手続がとられ、売却益は、被告人から光江、ハツ江各名義の銀行口座に振り込まれ、八重子名義で同年三月に売却された飛島株の売却代金は、ライフから小林の銀行口座に入り、右同様借入金等の精算手続がとられ、売却益は、八重子名義の銀行口座に振り込まれた。しかし、右各売却益は、いずれも振込後三日以内に、被告人の指示により、ほぼ全額が被告人の経営する株式会社コスモファイブの富士銀行王子支店の普通預金口座に振込送金され、さらに、送金直後から被告人の判断に基づき自分が経営する各会社への貸付金とされたり、小林と共同経営する小倉硝子工業株式会社への借入金の返済、被告人の経営する株式会社ソシアルパリエの買掛金の支払、被告人用の住宅建築費に当てられたり、被告人名義で先に購入していた東洋リノリューム株等の現物品受資金とされたり、東洋電機製造株の購入資金に使われたりしており、各取引名義人である光江らが株の売却益の使途について関与したことはない。また、和代名義で同年三月に売却された飛島株の売却益は、和代に渡されていない。
所論は、右株の売却益が光江、ハツ江、八重子の銀行口座に入金された後、三日以内にそのほぼ全額が被告人の経営するコスモファイブの銀行口座に振込送金され、また、和代名義で同年三月に売却された飛島株の売却益が同女の銀行口座に入金されずに被告人の銀行口座に保管されていたのは、被告人が右の者らから新たに借り受けたからであって、その借り入れについても、当時不動産や株の取引市場が活況を呈していた情勢に照らして不自然なことでないと主張している。しかしながら、不動産購入資金を獲得するため借金をしてまで多額の資金を投じて株取引を行ったという者が、多額の利益を得た後、その株の売却益の殆どを手元に留保することなく、全員一様に入金後わずか三日にして、貸付期間を約五年とし、さらにその期間は当事者間に異議がなければ自動的に更新されるという、通常では見られないような条項を内容とする金銭消費貸借契約を結んで、これを被告人に貸し付けたというのは、所論のいう情勢を考慮しても解せないことである。利息も結局被告人が本件脱税の嫌疑で国税当局の査察調査を受けた後になって支払われた形になっているものの、それまでの約二年間は支払われていない。
所論は、また、被告人が右各親族らの飛島株の売却益の殆どを新たに借り受けたことは、被告人が、その借金の返済として、平成元年一一月に光江が目黒区内の雅叙苑マンションを購入するに当たって同女に三一〇〇万円を渡し、右マンションのローンによる購入代金についても本件で逮捕されるまで支払っていたこと、及び、ふみ、和代、八重子、ハツ江に対しても、平成二年二月に札幌市内のマンション「カテリーナ札幌」一棟を譲渡したことからも明らかであると主張する。しかしながら、これらの出来事は、本件脱税の嫌疑が生じた以降に行われたものであるから、所論の事実の証左となるものではない。
5 和代らに真実本件飛島株の取引をする意思があったと認めるには、その取引により生じるかも知れない損失を負担する意思を含む取引をする意思がなければならないが、証拠上その意思があったとは認められない。すなわち、被告人の所得税法違反を幇助したとして逮捕された八重子は、捜査段階(甲一三二ないし一三五)において、概略、「昭和六一年四月下旬ころ、弟(被告人)から電話で『第一証券池袋支店にお姉さん(八重子)の口座を作る』と言われたが、私は名前を貸すだけだと思ったので弟に手続を任せることにした。その後間もなく弟から電話で『お姉さんの口座で飛島株を一二万六〇〇〇株買ったから』と言われた。同年五月上旬ころ、弟が私の家に来て、『飛島株をお姉さんの名前で買ったが、そのお金をライフから小林の名前で借りたので、小林とお姉さんとの貸借契約書を作る』などと言ってきた。私は小林とは面識がなく、弟が弟の取引として小林の名前でライフからお金を借り、私の名義で飛島株を買ったものと思っており、それで損をしても私が負担するようなことは起こらないものと思っていた。第一証券から私宛に郵送された同株の売買報告書は、弟の要求により弟に郵送した。昭和六二年三月上旬ころ、弟から電話で右株を売却して代金を振り込むための私の銀行口座を教えてくれと言われたので、三菱銀行柏支店の我孫子出張所に自分の口座を作り、その口座番号を電話で弟に教えた。三月九日に七八七八万九八四〇円が、同月一一日に二九七万三〇二五円が私の口座に入金されたが、私は、同月九日、弟の指示で一五〇万円を払い戻して弟に渡し、同月一一日か一二日ころ、弟から電話で八〇〇〇万円をすぐコスモファイブに振り込むように言われた。コスモファイブは弟が経営する会社であり、右の金も弟のものなので、弟が自分の会社のために使うのだと思い、同月一二日に八〇〇〇万円を富士銀行王子支店のコスモファイブの口座に送金したが、その当時、右八〇〇〇万円を私が弟に貸した形にするなどという話は出ていなかった。昭和六二年一一月終りか一二月上旬ころ、弟から、右八〇〇〇万円は私の金ということにして弟に貸し付けた形にしてもらう、そのために契約書を作ると言われ、その結果作ったのが同日付の金銭消費貸借契約書である。平成元年一一月一五日、弟が残高確認書というのを持ってきて、うちにも税務署の調査が入るかも知れないので、飛島株のことを思い出しておくように言い、私がよく覚えていないと言うと、『株の取引は、一人につき年間一銘柄二〇万株、取引回数が五〇回までなら税金がかからない。姉さんの名義での飛島株の取引は、お父さん(伊三郎)と小林がライフから借金し、それを自分が借りて買ったもので、その契約書もあり、公証役場で確定日付をとった。自分はお姉さんから頼まれて売買の手続をやっただけで、お姉さんは儲けた八〇〇〇万円を自分に貸してくれた』と言ったが、事実とは違う。平成元年一二月一五日、弟の脱税容疑で国税局の査察があり、私も国税局に呼ばれて係官から事情を聞かれ、弟から飛島株の取引が私の取引だと説明されていたし、近いうちに右株の売却益を札幌のマンションという形でくれると言われていたので、右株取引は私の取引であると説明したが、同株の購入資金の調達方法、証券会社への具体的注文等について殆ど答えられず、右株取引は弟のものであると認めざるを得なかった。同月一六日ころ、夫正一と一緒に弟宅に行くと、母(ふみ)、妹(光江)が居て、国税局での事情聴取の内容をメモしており、後から来たハツ江も『信幸さんに申し訳ないことをした』と言って、国税局で弟に不利な供述をしたことを謝っていた」と具体的に供述し、原審公判廷においても、「伊三郎から飛島株を私のために買ってくれるような話はあったが、それは数千株位なら代金を負担してやってもいいという程度の話であり、一九万九〇〇〇株も買うとは思っていなかった。数千株を超える飛島株の取引は伊三郎と弟のものということになると思う」と供述している。
また、八重子と同様の嫌疑で逮捕されたハツ江も、捜査段階(甲一三六ないし一四三)において、概略、「昭和六一年四月か五月ころ、信幸(被告人)が和代や子供たちを連れて私宅に来て、私の夫木村智一に『○○建設株が上がります。これは確実な情報です』と話したが、その株の取引を私に勧めたことはない。その後しばらくして、信幸は、『お母さん(ハツ江)の名前で飛島株を買うから名前を書いてくれ』と言って書類を出したので、信幸が私の名前で同株を買うのだろうと考え中身を良く見ずに署名して印鑑を押したが、自分が信幸から借金をすることになるなどとは思いもよらないことであり、同株が値下がりした場合にその損害を私が被らなければならなくなるという考えは毛頭なく、株が値上がりしたとしても私が儲かるというような感じは持っていなかった。平成元年一一月ころ、信幸から売買報告書を預かった際、『お母さんも飛島建設株の取引経緯について税務署から事情を聞かれるかも知れないのでよく思い出しておいてほしい』と言って、その経緯を記載したメモを渡してくれたが、その内容は私が同株取引に関係したこととは違っていた。平成元年一二月一五日、国税局の人が私宅に捜索差押えに来て、その後国税局で株取引について追及されたが、信幸から渡されたメモの内容をしっかり覚えておらず、元々信幸が持ってきた書類に署名してやっただけで詳しい取引内容を知らなかったので、本当の記憶に基づいて話した」と供述し、国税局から事情を聞かれた日の翌日ころ、被告人宅にハツ江ら親族が集まった際の状況については、前記八重子と同旨の供述をしている。
所論は、右両名の捜査段階における供述には信用性がないと縷々主張するが、被告人を庇う気持ちが強く、しかも、既に被告人から事件の争点を聞かされている姉と義母が右のように供述していること自体、その供述に信用性があることを何よりも裏付けているというべきである。もっとも、右両名は、原審公判廷において、自分らが飛島株などの取引主体であり、被告人から「名義貸し」を頼まれたことはない旨供述し、検察官から取り調べられた時点でもそのように考えていたが、自分らが逮捕されるという異常な事態のもとで、検察官から種々の資料を示されて追及され、かつ、ハツ江においては、当時の健康状態が悪化していたことも重なり、両名とも検察官に迎合してしまったなどと供述している。しかしながら、ハツ江は、平成二年一一月一五日付検察官調書(甲一四三)において、調書については中身をよく聞き、納得してから署名するよう弁護士に言われており、検察官調書に署名したのは、その内容が納得できるからであると供述していることにかんがみると、ハツ江の右各検察官調書は、所論にもかかわらず、取調べに耐えられないほど悪化した健康状態のもとで検察官に迎合して作成されたものとは認められない。また、検察官が、飛島株等の取引の主体は取引名義人たる自分たちであると言う右両名に対し、関係資料を示して納得のいかない点について追及することは当然のことであって、そのことから右両名の前記検察官調書の信用性を否定することはできない。
さらに、八重子の夫本名正一は、平成二年一一月一三日付検察官調書(甲一二七)において、飛島株などの株取引の主体が八重子であり、その株の売却益も同女に帰属するという被告人の作ったストーリーには同調できないとして、従前の供述(当審で取り調べた本名正一の平成二年一一月八日付検察官調書)を一部変更し、原判示認定に沿う供述をするに至ったと述べるところは、所論にもかかわらず説得的であり、その供述内容に格別不自然、不合理なところはなく、八重子の前記捜査段階の供述を裏付けている。
進んで、被告人ともども松尾治樹から飛島株の株価情報を聞き、ライフの五倍融資を利用して本人及び家族ら名義で大量の飛島株の取引を行っていた小林、及び右情報の提供者で、被告人の融資枠を利用させてもらって自分や家族名義で大量の飛島株を購入していた松尾の捜査段階〔小林については、平成二年一一月九日付(乙二四)、同月一三日付(甲七六-謄本)、松尾については、同年一一月一日付(乙一七-不同意部分を除く)、同月五日付(乙一八-不同意部分を除く)、同月六日付(乙一九)、同月九日付(乙二〇)〕及び原審公判段階における各供述を見てみると、右両名とも、捜査段階においては、被告人から脱税指導を受けたことを認め、その指導内容として、右両名が妻や親族らの名義を使用して株の取引をする場合、その取引名義人ごとの取引数が二〇万株を超えなければ、家族全員の取引総数が二〇万株を超えても課税されないこと、株購入資金の借入、取引口座の設定、売却益の管理などについて、それが取引名義人ごとの取引であることを示す資料が揃ってさえいれば、国税当局は、株の売却益が取引名義人以外の者、つまり小林や松尾自身に帰属すると取り扱うことはできない旨教示されていたことを具体的かつ明確に供述している。もっとも、両名は、原審公判廷においては、本件株取引に際して、被告人から「妻や親族の名義を使った株取引による利益について税金を誤魔化そうと言われて脱税指導を受けたことはない」旨供述しているが、被告人からこの様な話があったこと自体は認めており、また、家族らの名義で行われた飛島株の取引が、実質的には自分たちの取引であり、その株の売却益が家族ではなく自分たちに帰属するものであることを明確に認めている。
以上によれば、八重子やハツ江は、自らの計算つまりは危険負担で本件飛島株を購入する意思を有していなかったと認めるのが相当であり、和代や光江についても、真に買主となって飛島株を購入する意思があったと認めるべき事情は窺われない。
これに対し、所論は、昭和六一年四月当時、飛島株の株価が上昇するとの確実な情報が存在しており、伊三郎や被告人にライフの五倍融資を利用して各親族に対し株購入資金を転貸融資することができる力があったことから、伊三郎は、和代、光江らに対し、万一損失が生じても自分には約三億円相当の財産があるから心配するなとまで言って積極的に和代ら親族の者らに株取引を勧め、現に被告人及び伊三郎は、ライフの五倍融資を受けてこれを各親族に転貸したものであると主張する。そして、被告人は、捜査段階から所論に沿った供述をし、原審公判廷においても、「伊三郎は、同年四月一五日ころ、当時被告人が住んでいた西ケ原の家に被告人と和代、ふみ、光江が居た席で、ライフの五倍融資について説明し、『飛島株は内需関連株なので間違いなく値上りするので長く持っていれば損をすることはない。皆で買って儲け、不動産を買って家賃収入でも得るようにすればいい。万一失敗しても俺の財産が三億円あるから心配ない』などと言って飛島株の購入を勧め、和代らもこれに同調した。同月一六日になって、ライフでは女性に融資はしないとのことで和代らは残念がったが、同月一七日の夜になって、伊三郎は、被告人からライフでは被告人や伊三郎が受ける融資金を親族に転貸することを了承した旨の報告を受けると、被告人や、ふみ、和代、光江の居る席で、『一生に一度のチャンスだから皆で目一杯買って儲けよう。儲かったら不動産でも買おう』などと言い、ふみ、和代、光江もこれに同調し、それぞれ飛島株を非課税取引限度枠一杯の一九万九〇〇〇株を買うと言い、和代とふみは電卓を叩いて儲けを計算していた。また、伊三郎は自分で八重子に電話して飛島株の購入を勧め、和代に対し、ハツ江にも飛島株の購入を勧めるように指示していた」などと供述している。そして、ふみ、和代、光江も、原審公判廷においても、被告人とほぼ同旨の供述をしている。しかしながら、飛島株についての情報は、いわゆる仕手筋といわれる特定の個人が飛島株に狙いを付けて買い占めるという特殊な情報であって、売時期を間違えると多大な損失を被る危険を伴うものであった。また、伊三郎は、株取引の経験があり、飛島株の買占めに先立って小谷が買い占めた蛇の目ミシンの株価が上昇したとの情報を被告人から知らされ、新聞の株式欄でそのことを確認していたとはいっても、過去に右のような仕手株といわれる株の取引経験を有していたとの事情は窺われず、性格も堅実だったというのであるから、数億円の財産全部を引当てに、さしたる資産や株取引の経験のない親族、殊に自分の相続人とはならないハツ江や和代を含めた親族に、飛島株の購入を積極的に勧めたというのは極めて不自然である。また、将来に備えて金銭が欲しいとか、株取引で儲けて不動産を購入しようというのが一般論としては不自然なことではないとはいっても、さしたる資産も株取引の経験もない右親族、殊に、伊三郎の資産を相続できる立場にない和代やハツ江までが、多額な資金を借り受けて課税取引限度枠一杯の仕手株に手を出し、損失が生じた場合には伊三郎の財産を当てにし、通常の取引主体であれば当然負担すべき危険を全く負担しないというのは、大規模な株取引を行う者の態度として不自然というほかはない。
6 以上によれば、本件の飛島株の取引は、実質的には被告人の取引であり、その売却益も被告人に帰属したものと認められる。
二 前記<2>の飛島株の取引について
1 昭和六二年一月に購入された伊三郎、ふみ名義の飛島株の購入資金は、いずれもライフの伊三郎名義の融資枠から調達されているが、その融資枠を利用した株の購入は、当時実質上被告人の計算により行われていたと認められる。また、その株の売却代金も被告人によって使用されていたと認められる。
すなわち、伊三郎名義によるライフの五倍融資枠の確定に当たっては、保証金一〇〇〇万円が同人の京葉銀行野田支店の預金口座からライフの同人名義の口座に振り込まれているが、その後、被告人は、自分の経営する小倉硝子工業から借り入れた八八〇万円と、同じく協和ファクターから借り入れた一二〇万円の合計一〇〇〇万円を保証金としてその口座に入金している。その後も、被告人の融資枠を利用して、被告人本人、和代、光江、ハツ江らの名義で飛島株を購入し、昭和六二年三月に売却した売却益で、第一勧業銀行駒込支店の被告人の預金口座に保留された一億五〇〇〇万円余のうち、八〇〇〇万円がライフの伊三郎口座に、二〇〇〇万円が保証金等として同じく伊三郎口座にそれぞれ入金され、それが昭和六一年中に被告人名義の信用取引により購入された東洋リノリューム株、御幸毛織株の現物品受代金の一部に利用されている。また、右各株式の売却代金のうち、三四三九万円余はライフの伊三郎の融資枠への保証金に振り込まれ、五九七二万円余は被告人のカードローンの返済、コスモファイブの信用保証金などに使われている。さらに、被告人の融資枠を利用してハツ江、光江名義で昭和六一年に購入され、昭和六二年三月に売却された飛島株の売却益で、両名の各銀行口座を経て富士銀行王子支店のコスモファイブの預金口座に振り込まれた二億三〇〇〇万円、小林の融資枠を利用して八重子名義で昭和六一年に購入され、昭和六二年三月に売却された飛島株の売却益で、小林の銀行口座から昭和六二年三月一一日に三菱銀行柏支店の八重子の預金口座を経て右コスモファイブの預金口座に振り込まれた八〇〇〇万円、及び伊三郎の融資枠を利用して同年三月五日に売却された飛島株の売却益などから同月一一日に右コスモファイブの預金口座に振り込まれた六〇〇〇万円のうち、総額二億五〇〇〇万円が富士銀行王子支店のコスモファイブの通知預金に組み換えられ、和代名義の東洋電機製造株の購入資金や被告人がライフから受けた融資金の利息の支払などに使われている。そのほか、伊三郎の融資枠を利用して昭和六一年に売買された飛島株のうち、同人名義で昭和六一年八月から一一月にかけて売却された分及びふみ、株式会社でっち亭、石橋寛子名義で売却された分の各売却益に相当する一億八五八一万円余が、一旦はライフの伊三郎に対する融資の保証金として入金された後、そのうちの一億円が小倉硝子工業に貸付られている。
本件で問題となる昭和六二年三月に売却された伊三郎、ふみ名義の飛島株の売却代金は、ライフからの借入金などの精算手続を経て、売却利益とされるものが伊三郎の銀行預金口座に入金された後、そのうち六〇〇〇万円が、前記光江、ハツ江、八重子名義の飛島株の売却益と同様、被告人の判断により富士銀行王子支店のコスモファイブの普通預金口座に振込送金され、さらに、送金直後から被告人が経営する各会社へ貸付けられ、小倉硝子工業の借入金の返済資金などに使われている。和代名義で同年三月に売却された飛島株三万株の売却代金四〇二八万円余については、そのうち一七二八万円余がコスモ信用組合銀座支店の和代の普通預金口座に振り込まれているが、被告人が和代に貸したという右株の購入資金の具体的な精算手続は明らかではない。被告人と和代は、原審公判廷において、被告人が和代の右売却益(ただし、購入代金と売却代金との差額九一四万円余)を同女の預金口座に振り込む前に、被告人が自分の経営する会社などの事業資金として借り受けたと供述しているものの、和代に渡ったことはないことは認めているので、結局は被告人が事業資金として使用したものと認められる。
2 伊三郎とふみ名義での各株の購入は、第一証券とは別にコスモ証券池袋支店で行われ、和代名義での右株の購入は、被告人が、ライフと提携していない日興証券銀座支店に自ら新規の口座を開設して行うなど、その各株取引口座の開設手続、株の買付け、売付けの注文はすべて被告人が自分の判断で行っている。
3 伊三郎は、ライフの自分に対する融資枠を使って昭和六一年に自己名義で購入した飛島株の株価が急上昇しない状況にいらだちや不安感を抱き、被告人からの株価上昇の情報を信用できずに同株全部を売却しており、僅か一か月程で、しかも同株の価格が下落しつつある状況の中で、再度大量の飛島株を購入したというのは不自然である。
4 所論は、伊三郎の昭和六一年、六二年の飛島株の売却益約六五〇〇万円のうち、六〇〇〇万円が同人の被告人に対する貸金として相続財産に組み入れられており、このことは、昭和六二年になって伊三郎及びふみの各名義で行われた飛島株の取引が実質的にも各名義人の取引であることの証左であると主張する。
しかしながら、小倉硝子工業から昭和六二年一月二七日に伊三郎の預金口座に振り込まれた六〇〇〇万円は、もともとライフの同人に対する融資枠を利用して昭和六一年に購入、売却された同人や株式会社でっち亭、ふみ、八重子、石橋寛子名義の飛島株の売却益の一部であり、その取引自体被告人が右の者らの名義で行った可能性が極めて高く、また、和代名義で昭和六一年、六二年に購入された東洋リノリューム株や、伊三郎を除く光江ら親族の名義による東洋電機製造株の購入資金にも、もともとライフの被告人の融資枠を利用して被告人自身や、和代、光江、ハツ江の名義で、あるいは小林の融資枠を利用して八重子名義で行われた飛島株の昭和六二年三月の売却益が用いられているから、右飛島株の取引は被告人が右の者らの名義を使って行ったものとみるのが自然である。そもそも、伊三郎の右相続財産とされた債権債務については、独立して伊三郎から右の者らに貸し付けられたことを示す明確な資料がなく、結局のところ、伊三郎が死亡した時点における同人名義によるライフからの融資金のうちの返済未了分が実質的に同人の負債であるとし、このことを前提に、被告人が相続税申告に際し、伊三郎の被告人に対する六〇〇〇万円の貸金及び伊三郎がライフから融資を受けて返済未了となっていたという一億三八〇〇万円余の負債と、これに見合う伊三郎のコスモファイブに対する七六〇〇万円余、和代に対する三二〇〇万円余、光江に対する三〇〇〇万円余の各貸金及び別途伊三郎から被告人が借りたという二四〇〇万円という形に振り分けて計算上整理したという以上のものではないとみるのが合理的である。
所論は、伊三郎の被告人に対する六〇〇〇万円の貸金を自分が相続したというのは脱税の発覚防止のための偽装工作であるなら、被告人が支払うべき相続税は申告税額より一五五〇万円以上少なくて済んだ筈であり、この額は経済的に痛痒を感じないなどといえるものではないから、書類上形を整えたものではなく、被告人が当時伊三郎に六〇〇〇万円の債務を負担していたことは真実であるというが、被告人は、伊三郎との貸借関係は、昭和六二年七月ころに一度精算したとも供述しており、そうとすると、伊三郎名義の銀行口座からコスモファイブの口座に振り込まれた六〇〇〇万円をなぜ右の時点で精算しなかったのか疑問である。また、右六〇〇〇万円は、被告人がライフの自分の融資枠を利用して、昭和六一年に値上りを見込んで信用取引により購入した東洋リノリュームや御幸毛織の株の品受代金(ただし、御幸毛織株については、購入した五万株のうち、品受代金として支払ったのは二万五〇〇〇株分である)に充てられ、右各株の売却代金が証券取引の保証金としてライフの口座に入金されている(この時点での計算上の売却益は五八六〇万円余)ことからすると、被告人とライフとの間で精算することが予定されていたものと考えられるのであるから、被告人が六〇〇〇万円を伊三郎の遺産に組み入れ、これを相続して同人との貸借関係を精算した形式を整え、その分を相続税の対象としたからといって、経済的には痛痒を感ずるほどのことではない。
5 以上によれば、本件の飛島株の取引は、実質的には被告人の取引であり、その売却益も被告人に帰属したものと認められる。
三 前記<3>の東洋リノリューム株の取引について
1 東洋リノリューム株は、和代名義で、ライフの伊三郎の融資枠を利用し、昭和六一年八、九月に信用取引の方法で八万九〇〇〇株、昭和六二年三月に現物取引の方法で一万一〇〇〇株(代金八八四万円余は、第一勧銀駒込支店の被告人預金口座から拠出されている。)の合計一〇万株が購入され、これらは、同年六月に四万株、同年一〇月に二万株、同年一一月に二回に分けて合計四万株が順次売却されている。他方、被告人名義でも、信用取引の方法で、昭和六一年八、九月に六万株、昭和六二年三月と五月にそれぞれ五万株の合計一六万株が購入され、同年一二月にすべて売却されている。和代は、原審公判廷において、この東洋リノリューム株は、被告人が松尾から得た株価が上昇するらしいとの情報をもとに購入したと供述する(第四二回公判-記録一七九一丁)。しかし、さしたる資力のない和代が、被告人と同時期に、しかも、同株を購入しない伊三郎から多額の借金を重ね、投機性の高い信用取引の方法で八万九〇〇〇株もの東洋リノリューム株を購入したとは考えられず、和代自身、その疑念に対して合理的な説明をしていない。
2 和代名義で取得、売却された右一〇万株の売却代金は、住友銀行下高井戸支店の被告人の預金口座に入金されており、被告人と伊三郎間に右売却代金について消費貸借契約が行われたり、以後和代がこれを使ったことを窺わせる資料はない。
3 以上によれば、右株の取引は、実質的には被告人の取引であり、その売却益も被告人に帰属したものと認められる。
四 前記<4>の東洋電機製造株の取引について
1 東洋電機製造株は、昭和六二年四月、現物取引の方法により、和代、光江各名義でそれぞれ一九万九〇〇〇株、ハツ江名義で六万六〇〇〇株が購入され、同年七月、信用取引の方法により、ふみ名義で八万株が購入され、以上のうち、和代名義の一一万六〇〇〇株、光江名義の一七万七〇〇〇株、ふみ名義の八万株が売却されている。他方、同株は、被告人名義でも、同年四月に現物取引の方法により、合計一九万九〇〇〇株が購入され、同年七月にそのうち三万株が売却されている。そして、和代名義による同株の購入資金は、同年三月に売却された前記の飛島株の売却益の一部が充てられており、ふみ名義による東洋電機製造株の購入資金も、右和代名義で取引された飛島株の売却益が充てられている。しかも、右各親族らが同株の売却代金を最終的に処分した形跡は窺われない。
被告人は、原審公判廷において、東洋電機製造株は、小谷が同株を買い占めるとの情報をもとに購入するようになったものであり、その購入資金の流れは、被告人と伊三郎がライフから融資を受けてこれを各人に転貸したことを表していると供述している(第四七回公判-記録二二七五丁以下)。しかしながら、さしたる資力のない右親族らが、東洋リノリューム株の場合と同様、被告人や伊三郎から多額の借金を重ねて大量の東洋電機製造株を購入したとみるのは不自然である。
結局、これらの株の取引は、実質的には被告人の取引であり、その売却益も被告人に帰属したものと認められる。
2 原判決は、東洋電機製造株の取引に関し、昭和六二年四月に伊三郎名義で二万二〇〇〇株が購入され、同年七月にこれが売却されているとし、その売却益も被告人に帰属すると認定しているところ、原審で取り調べられた関係証拠中には伊三郎が同年四月に同株を購入したことを裏付ける証拠はない。しかしながら、当審で取り調べた大蔵事務官作成の三洋証券株式会社野田支店の検査てん末書中、同支店の「顧客口座元帳」には、東洋電機製造株が、伊三郎名義で、同年四月一日に三万株が購入、同月七日に三万株が売却、同月八日に三万株が購入、同年五月一四日に八〇〇〇株が売却され、二万二〇〇〇株がそのまま残っていることを示す記載があり、右検査てん末書に添付された伊三郎名義の三洋証券に対する「口座設定および印鑑登録申込書」や領収書の署名は、同人の筆跡であることが明らかな「証券投資ローン申込書」(弁一一二号)と対比すると、伊三郎の署名であることが認められる。そうすると、同年七月にコスモ証券池袋支店で伊三郎名義により売却された同株二万二〇〇〇株は、その株数、取引名義人の氏名からして伊三郎が三洋証券野田支店で購入した三万株の残りと考えるのが合理的であり、被告人が伊三郎から事前に伊三郎の売り残した同株二万二〇〇〇株の贈与を受けていたとか、右従業員名義で購入した同数の同種銘柄株の売却益を被告人が受領、処分したと認めるに足りる客観的な証拠のない本件にあっては、その売却益が被告人に帰属したと断定することはできない。この限度において、原判決の認定は、事実を誤認したものというべきである。
五 前記<5>の堺化学工業株の取引について
堺化学工業株は、昭和六二年八月二七日、岩井証券東京支店を通じ、ふみ名義により信用取引の方法で二万株が購入され、同年一〇月に売却されている。ふみは、原審公判廷において、伊三郎が死亡する前に自分で野田市内の証券会社で取引口座を開設して数種類の株取引をしていた(第三七回公判-記録一三九五丁裏から一三九六丁)とか、堺化学工業株を購入したのは被告人からいい情報があるから買わないかと言われ、購入資金は伊三郎から相続した銀行預金の中から捻出し、売却益は被告人に貸した旨供述している(第三七回公判-記録一四〇〇丁から一四〇四丁裏)。そうだとすると、ふみは、自分で右取引口座を利用して堺化学工業株を購入してもよさそうであるのに、なぜわざわざ被告人に頼んで都内の証券会社に別の取引口座を設定し、信用取引の方法で同株を購入したのか、同株の売却益について借用書も取らずに被告人に貸したのか不可解である。そして、前述したように、遺産分割協議書の記載自体の信用性に疑問があること、被告人は、同年七月から一〇月にかけて、自分の名義で証券会社数社を通じ、多量の同一銘柄株の取引をしており、飛島株の場合と同様、非課税取引限度枠を意識していたとしても不自然ではないこと、原審公判廷では、親族らに堺化学工業株の購入を勧めたことはない旨供述していること(第四九回公判-記録二五三一丁以下)などに照らすと、ふみ名義による堺化学工業株の取引は実質上被告人の取引であり、その売却益も被告人に帰属したものと認められる。
六 まとめ
以上によれば、本件における各株の売却益が被告人に帰属し、被告人に脱税の故意があったと認定したのは正当である。しかしながら、伊三郎名義で行われた東洋電機製造株の取引を被告人の取引とし、その売却益が被告人に帰属すると認定したのは事実を誤認したものというべきであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
第二破棄自判
よって、刑訴法三九七条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書にしたがい、被告事件についてさらに判決する。
(罪となるべき事実)
原判決の罪となるべき事実中、昭和六二年分の実質総所得金額が「八億三三八〇万二一〇一円(別紙1の修正損益計算書参照)であった」とある部分を、「八億三二一〇万四〇〇一円(別紙(1)の修正損益計算書参照)であった」と、同年分の正規の所得税額が「四億七七八〇万〇八〇〇円」とある部分を「四億七六七八万二〇〇〇円」と、申告税額との差額「四億七六九五万三三〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)」とある部分を、「四億七五九三億四五〇〇円(別紙(2)のほ脱税額計算書参照)」とそれぞれ訂正(別紙(1)(2)は本判決末尾に添付)するほかは原審の認定するとおりであるから、これを引用する。
(証拠の標目)
被告人の当公判廷における供述、大蔵事務官作成の平成七年五月二五日付報告書、大蔵事務官作成の平成二年七月三〇日付、平成元年一二月一五日付、各検査てん末書を付加するほか原判決と同一であるから、これらを引用する(ただし、原判決が、証拠として挙示している被告人、証人古屋正孝、松尾治樹、小林泰輔、鍵山恒存、森山真利、本名正一、本名八重子、木村ハツ江、古屋光夫、大竹勝之、木村智一、伊藤ふみ、白井光江、伊藤和代、倉持章の原審公判廷における各供述は、いずれも、原審公判調書中の右各人の供述部分とする)。
(法令の適用)
原判決と同一の法令を適用した上、懲役刑と罰金刑を併科することとし、所定の刑期及び金額の範囲内で処断すべきところ、本件は、税理士であり事業家でもある被告人が、親族らの名義を用いた株式売買により得た多額の利益を秘匿して所得税を免れた事案であって、脱税額が巨額であり、ほ脱率も非常に高率であること、犯行の動機、経緯に酌むべきところがないこと、税理士としての知識や経験を悪用しての所得秘匿の手段・態様が巧妙なものであること、脱税分の納税もしていないことを考慮すると、本件により今後税理士としての活動ができず、多額の負債を抱えて事業も立ち行かない状況にあることなどの酌むべき事情を十分考慮しても、その刑事責任は重い。そこで、被告人を懲役三年及び罰金九〇〇〇万円に処し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中二七〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、右改正前の刑法一八条により金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文を適用して被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利)
別紙(1) 修正損益計算書
自 昭和62年1月1日
至 昭和62年12月31日
伊藤信幸
<省略>
別紙(2) ほ脱税額計算書
伊藤信幸
昭和62年分
<省略>
平成五年(う)第六九八号
被告人 伊藤信幸
控訴趣意書
右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は左記のとおりである。
平成五年七月二八日
主任弁護人 市原敏夫
弁護人 田堰良三
弁護人 鈴木修司
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
原判決は、以下に論述するとおり、明らかに判決に影響を及ぼす事実誤認(刑事訴訟法三八二条)がある。
第一 原判決に対する被告人及び弁護人らの基本的認識
一 原判決の誤認の要点
1 被告人及び弁護人らは、『親族名義の株式取引は各名義人に帰属するのであるから被告人は脱税を行っておらず、脱税の意思もないので、無罪である』旨を主張し、かつ、立証した(弁論要旨参照)。
2 しかるに、原判決は、右取引のうち昭和六二年中に生じた所得は被告人に帰属し、被告人に脱税の意思があったと認定したところに根本的な誤りがある。
二 誤認の理由
1 右の根本的誤認は、弁論要旨において詳細に論述した特殊事情を殊更無視し、あるいはその特殊事情の評価を誤るという経験則違反、論理法則違反に起因している。
結局、右の認定は、有罪判決を書くために必要な事実や証拠のみを取捨選択し、有罪を否定ないし疑わせる証拠や間接事実は無視するか、又は、有罪である以上それらは仮装行為・隠蔽工作であるとの一語で片付けるという誤りがあり、あるいは証拠からの推理判断を誤り、認定すべき事実を認定せず、認定すべからず事実を認定した、と言わなければならない。
2 右の如き結果となった原因は、要するに、原審が、検察官の組み立てた一方的な事実(ストーリー)と証拠評価を無批判に、かつ全面的に追認したからである。被告人及び弁護人らの反証活動によって、弁論要旨に記載のとおり明らかになった事実関係(特殊事情を含む)と証拠評価とによれば、合理的な疑いを入れずに有罪とすることはできないと確信する。
原審は、証拠上合理的な疑いがあるにもかかわらず外形的・形式的な事実を基礎として安易な有罪判決を書いたものと断定せざるを得ない。
三 控訴趣意書の構成
1 原判決は、右脱税の意思等を推認する理由として、外形的・形式的な事実のみを根拠に種々の間接事実を認定している。しかし、そこに各種の事実誤認があって、その誤認が判決に影響を及ぼしていることは明らかである。
2 そこで、弁護人らは、原判決の理由中の事実認定の順序に沿って、右間接事実の認定に誤りがあることないし認定した間接事実から主要事実を推認する過程に経験則違反若しくは不合理性があることなどを、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実であって明らかに判決に影響を及ぼす誤認があることを信ずるに足りるものを援用しながら、以下第二、第三に論述する。そして、更に、第四(量刑の理由について)、第五(検面調書の信用性について)、第六(結論-弁護人らの主張)を論述する。
第二 飛島建設株の取引の帰属について(原判決5丁裏10行目から25丁裏10行目)
一 『被告人、親族名義の飛島株売買の状況』(原判決6丁表9行目から9丁表8行目)については、異論がない。
二 『和代、八重子、光江、ハツ江各名義で昭和六一年四、五月に購入され、翌六二年三月売却された飛島株取引について』の部分(原判決9丁9行目から14丁裏6行目)。
1 『被告人及び名義人となっている親族の飛島株取引当時の資力、株取引の経験等』の点(原判決9丁表最終行から10丁裏10行目)
名義人となっている親族のうち伊三郎以外の者が、当時、さしたる資力を持たず、それまで株取引の経験がなかったとの点の認定事実自体に誤りはない。
しかし、このことから、各親族が被告人に対して名義貸しを行ったと推論していることは論理の飛躍である。(原判決17丁表10行目から同丁裏7行目までに『以上認定される事実関係から判断すると・・・いずれも実質は被告人の取引であると推認されるといわねばならない。』と断定している。)
被告人及び弁護人らは、特殊事情の存在を主張し、かつ、立証した。即ち、当時、飛島株情報が確実なものであったこと、伊三郎や被告人がライフの五倍融資を利用して各親族に対して転貸融資できること、購入資金の返済は飛島株を売却したときに返済すればよいこと、親族らに経験がなくとも口座開設や売買手続は伊三郎や被告人が代行することになっていたこと、まして、伊三郎は和代、光江及びふみらに対し、万一失敗しても財産三億円あるから心配するなとまで言って、熱心かつ積極的に勧誘してくれたことなどの事実があったのである。
このような特殊事情が存在すれば、当時、さしたる資力を持たず、それまで株取引の経験がなかったとしても、伊三郎及び被告人以外の各親族がそれぞれ自ら株取引をしてみようと決心してそれを実行したとしても、何ら不自然ではない。
(弁論要旨101頁10行目から103頁7行目)
(伊藤平4・9・4付法廷供述46丁表から54丁表まで)
(弁論要旨18頁3行目から26頁19行目)
(八重子平3・9・13付法廷証言35丁表から48丁裏まで)
(和代平4・7・8付法廷証言24丁表から28丁表まで)
(伊藤平4・10・22付法廷供述57丁裏から58丁裏まで)
(八重子平3・8・21付法廷証言8丁表から9丁表まで。同平3・9・13付法廷証言48丁裏から53丁表まで)
特に、八重子の検面調書(二号書面として証拠採用されたが、信用性については大きな疑問のあるもの)にさえ、八重子は、当初、伊三郎から飛島株の銘柄を初めて聞かされたこと、かつ、老後のために株取引をするよう勧められたことの各事実があったことが記載されているのである(八重子平2・11・9付検面調書3丁裏から5丁裏まで)。
2 『株式購入資金』の点(原判決10丁裏最終行から12丁裏4行目)
(1) 被告人名義の飛島株購入資金の捻出方法に関する認定は正しい。
(2) 原判決は、『伊三郎名義の昭和六一年四月中に購入された一九万九〇〇〇株の購入資金は、伊三郎名義でライフに設けられた五倍融資枠からの融資金を持って当てられた。』と認定しているが(11丁表最終行から同丁裏2行目)、この認定の方法は、抽象的・形式的にはその通りであるものの、実質的には事実誤認といわなければならない。
原判決は、右の取引自体は伊三郎の取引であることを結局認めている。何故かと言えば、その保証金(ライフに差し入れる二割相当の現金)を伊三郎が捻出しており、かつ、ライフ及び証券会社の口座開設や売買手続も自ら行っていたから、伊三郎の取引と認めざるを得なかったものである(原判決16丁裏3行目から4行目。『伊三郎は昭和六一年中の自身名義の取引で、四〇〇〇万円以上の利益を得ている。』などと認定)。
ところが、原判決は、もともとの購入原資ともいうべき保証金を伊三郎が捻出してライフ宛に差し入れた点を敢えて無視し、『五倍融資枠からの融資金を持って当てられた。』などと抽象的・形式的な事実認定をしている。言わば、被告人及び伊三郎以外の親族名義の取引における購入資金の出所を単なる「被告人又は伊三郎の五倍融資枠からの融資金」と抽象的・形式的に認定し、実質的に購入原資を誰が用意したかとの点を無視している。
右の事実認定の方法は、実質的な事実誤認と言うべきであり、正しくは「伊三郎が稔出してライフ宛に差し入れた保証金に対する伊三郎への五倍融資金を持って当てられた。」と認定すべきところである。
(弁論要旨30頁19行目から32頁13行目)
(弁一一二-証券投資ローン申込書、弁一一六-同取引約定書、弁一一七-使用印鑑票、弁一一一-借入保証金調達形態図、弁一一〇-協和ファクターの修正確定申告書、弁一三三-遺産分割協議書、弁一三四-相続税の申告書)
(伊藤平4・9・29付法廷供述38丁裏から41丁裏まで)
(3) 原判決は、『ふみ名義の昭和六一年四月中に購入された一九万九〇〇〇株の購入資金は、右伊三郎の五倍融資枠からの融資金を持って当てられた。』と認定しているが(原判決11丁裏3行目から4行目)、これも抽象的・形式的には正しい。
しかし、問題は、具体的・実質的なもともとの購入原資ともいうべき保証金を誰が出し、誰が手続をしたのかということである。
伊三郎が、保証金を用意してこれをライフに差し入れ、ライフから五倍融資を受けて、ふみに転貸融資し、口座開設や売買注文手続を行ったのである(右(2)記載の証拠などから明らかであり、特に争いはない)。
原判決は、右の伊三郎やふみの飛島株で『昭和六一年中に売却された株の売却益は、本件起訴の対象に含まれておらず、検察官によって積極的に被告人に帰属するとも主張されていない。』(原判決13丁裏3行目から5行目)としているが、伊三郎名義の取引が伊三郎自身の取引である以上、ふみ名義の取引はふみ自身の取引であり、少なくとも被告人の取引でないことはその購入原資の捻出者が伊三郎であること、伊三郎の五倍融資枠からの伊三郎の転貸融資金で購入されていること、口座開設や売買注文手続を伊三郎が行っていることなど、伊三郎名義の取引とその態様が同様であることから明白である。(ふみが伊三郎に対して名義貸しをしたとの主張は検察官も一切していないし、原判決もそのような認定はしていない。)
ちなみに、そうだとすれば、伊三郎とふみ間の右転貸融資に関する金消契約書(弁一二九、一三〇)は真正なものと言うべきであり、金消契約書は被告人が主導した仮装行為であるとする原判決は本質的な事実誤認をしているといわなければならない。
(弁論要旨136頁12行目から139頁4行目)。
(ふみ平4・4・9付法廷証言22丁裏から42丁表まで)
(ふみ平4・4・24付法廷証言1丁裏から6丁表まで)
(伊藤平4・9・4付法廷快述41丁裏から56丁裏まで)
(伊藤平4・9・29付法廷供述3丁表から38丁裏まで)
(伊藤平4・10・22付法廷供述97丁裏から99丁裏まで。同107丁裏から117丁裏まで)
(伊藤平4・11・5付法廷供述12丁裏から13丁表まで)
(4) 原判決は、『八重子名義の昭和六一年四月購入の一二万六〇〇〇株の購入資金は、・・・被告人が(小林から)融資を受け、それが八重子名義の飛島株購入資金に利用されたものである。』(原判決11丁裏9行目から12丁裏1行目)と認定している。
しかし、原判決は、いきなり、被告人が、『小林にその妻の小林和枝名義で飛島株を購入する資金を融通した。』とか、『いわば先の見返りとして、被告人が(小林から)融資を受け、』八重子名義で一二万六〇〇〇株を購入した、と認定しているのであって、いきなり結論があるだけで何ら論理性が認められない。
即ち、被告人は、小林に貸したのか、その妻の小林和枝に貸したのかが検討されなければならないところ、小林の法廷証言によれば、小林の妻に貸したことは明らかである(弁論要旨141頁15行目から142頁19行目。小林平3・5・21付法廷証言8丁裏から9丁表。伊藤平4・9・29付法廷供述68丁裏から73丁裏まで)。また、小林は、被告人に貸したのか、その実姉の八重子に貸したのかが検討されなければならないことも、同様である。特殊な身分関係にあったからこその貸借であることは当然であるが、借名貸借であったか否かは別問題である。
(弁論要旨132頁3行目から136頁11行目)
(小林平3・5・21付法廷証言17丁表から18丁裏まで。61丁裏)
(伊藤平4・10・22付法廷供述48丁表から59丁裏まで。同68丁表から88裏まで)
ちなみに、右事実の認定に際して、被告人と八重子、小林、小林和枝ら間の具体的な金銭貸借ないし株取引に関する借名取引の合意の存否に関する事実認定もなければ、被告人と小林和枝間の金消契約書(弁一一八)及び小林と八重子間の金消契約書(弁四六)が通謀虚偽表示の無効のものである根拠たる具体的事実が何ら示されていない。
(5) 『八重子名義の昭和六一年五月購入の七万三〇〇〇株の購入資金は、伊三郎名義のライフにおける五倍融資枠からの融資金によって賄われている。』(原判決12丁裏2行目から4行目)との事実認定は、前記(3)のふみの場合と同様、抽象的・形式的な事実認定でしかないという意味で誤認と言わなければならない。
伊三郎が、保証金をライフに対して差し入れて、五倍融資を受け、これ(原資)を八重子に転貸融資したのであるから(弁四七-金消)、一番重要な購入原資を実質上誰が出したかの点からすれば、被告人の借名取引とすることには無理がある。
(八重子平3・8・21付法廷証言2丁裏から16丁裏まで)
(八重子平3・10・4付法廷証言1丁裏から13丁裏まで)
(八重子平3・10・22付法廷証言6丁表から31丁裏まで)
伊三郎と八重子と被告人間では、具体的な借名取引の合意の存否に関する事実認定もなければ、伊三郎と八重子間の金消契約書(弁四七)が通謀虚偽表示である根拠たる具体的事実も何ら示されていない。
(弁論要旨132頁3行目から136頁11行目まで。特に、155頁2行目から156頁4行目)
3 証券会社における株取引口座開設手続及び株の購入・売却手続の点(原判決12丁裏5行目から13丁表4行目)
(1) 手続については、使者、代理人によって行うことはある。和代、八重子、光江、ハツ江らは、株経験がなかったのであるから、手続を依頼したのであって、この特殊事情を無視して、被告人が行ったとだけ認定したうえ、この事実関係を根拠に借名取引ひいては脱税の意思を推認することは、経験則に反し、非合理な事実認定と言わなければならない。
特に、本件においては、被告人がライフの五倍融資を利用して右の親族(八重子を除く)に転貸融資したのであるから、その関係で、株の購入・売却手続についてはライフ及び証券会社から被告人が直接確認を求められることになっていたという特殊事情もあったのである(古屋正孝平3・4・16付法廷証言16丁表4行目から18丁表10行目まで)。
要は、各名義人が、飛島株の購入を決意した動機があり、口座開設(口座設定申込書は直筆かつ実印のものが多く、これは各親族の意思に基づくものと推認される。弁八四、一〇五、八六など)及び売買の注文手続の代行ないし代理を被告人に依頼する意思があったか否か、更に、その購入資金を被告人から借入れて売却時に返済する意思があったか否かである。この点の論証が欠落している原判決の事実認定は全く合理性が認められない。
(弁論要旨18頁3行目から30頁18行目。33頁最終行から42頁)
(伊藤平4・10・22付法廷供述55丁裏から62丁裏まで。99丁裏から104丁表まで)
(2) 原判決は、『右の親族らが自らの判断で被告人に指図した形跡はない。』と認定し、このこともまた被告人の借名取引の論拠としている。
しかし、右の親族らは、松尾から被告人に対する株情報に基づく取引であり、かつ経験がないから、被告人に売買のタイミングの判断や手続を依頼していたのであって、松尾からの情報を元にした被告人の意見を踏まえて、被告人と協議しながら、受け身で判断したものである。このような特殊事情がある以上、『右の親族らが自らの判断で被告人に指図した形跡はない。』ことは何ら不自然でなく、むしろ当然である(この表現は、右の特殊事情を殊更無視して、有罪判決を書くために必要な事実や証拠のみを取捨選択するという誤りの典型的な具体例である)。
被告人が、逆に、右親族の意思や意向を無視して勝手に右親族の株取引を行ったという形跡こそ全くないのである。
(弁論要旨59頁1行目から61頁19行目)
(伊藤平4・11・5付法廷供述35丁裏から40丁裏。43丁表から50丁裏まで)
(ふみ平4・4・24付注廷証言18丁表から19丁表まで)
(和代平4・7・29付法廷証言20丁裏から21丁裏まで)
(八重子平3・8・21付法廷証言21丁表。同平3・9・13付法廷証言21丁裏。同平3・10・4付法廷証言20丁表から23丁裏まで)
(光江平4・6・5付法廷証言40丁表から41丁裏まで)
(ハツ江平3・11・29付法廷証言24丁表裏)
(3) 売買報告書の保管の点(原判決13丁3行目から4行目目)
このことも、右(2)の事実誤認と同様で、特殊事情に問する事実を無視して認定している。親族らの売買報告書を被告人が預かっていたこと自体は正しいが、だから借名取引であるとの推認は論理の飛躍である。
被告人が売買報告書を各名義人から交付を受けて保管していたのは、被告人と各名義人らと話し合って、被告人が皆の収支計算をすることになっていた関係上(ライフからの転貸融資金の借入金や金利などを売却代金から差し引いて純売却利益を算出するなどの作業は必要であり、この内訳を知っていたのは伊三郎と被告人であった)、各名義人の意思に基づいて保管していたのである。
被告人は、逆に、伊三郎やふみの昭和六一年の飛島株取引に関する売買報告書も、右と同じ理由で保管している。ところが、原判決は、右の伊三郎及びふみの取引は被告人の借名取引と認定していないことは明らかであり、論理法則上、原判決が摘示する売買報告書の保管の事実は、有罪の認定根拠にはなりえず、明らかに不合理な論理の飛躍である。
(弁論要旨214頁1行目から215頁16行目)
(八重子平3・8・21付法廷証言15丁裏)
(伊藤平4・12・4付法廷供述2丁裏5行目から3丁裏13行目)
4 『株式売却益の流れ、使途』の点(原判決13丁表5行目から14丁裏6行目)
この事実認定は、一部を除き、外形的・形式的には特に取り立てて誤りがある訳ではない。
しかし、後に、この外形的・形式的な事実を根拠に、親族名義の取引は被告人の借名取引であり、脱税の意思があったと推認するところに重大な誤認がある(原判決17丁裏5行目から7行目までに『・・・株売却益の受領及び使途の状況などからすると、・・・いずれも実質は被告人の取引であると推認されるといわねばならない。』とされていることを参照)。
なぜならば、右の推認には、経験則違反、論理法則違反があって、その結果、以下に延べるとおり、重大な事実誤認を招来しているからである。
(1) 株式売却益の振込先受領者自体から売却益の帰属主体を判断することはできない。
<1> 和代、光江、ハツ江の各名義人は、ライフより五倍融資を受けた被告人から転貸融資を受けて株式を購入した。そのため、右各名義人の株式売却益は、ライフを利用した関係で、証券会社からライフへ、ライフから被告人の銀行口座に、それぞれ振り込まれたのである。
<2> また、同じ理由で、八重子の売却益(昭和六二年売却の一二万六〇〇〇株分)は、ライフより小林の銀行口座に入金されて、その後、小林から八重子の銀行口座に振り込まれている(原判決13丁裏7行目から14丁表2行目までのうち、八重子名義の売却益が被告人の銀行口座に入り、被告人によって八重子の銀行口座に振り込まれたとの点は、外形的事実としても、証拠上明らかな事実誤認である。弁論要旨63頁10行目から19行目。〔伊藤平4・11・5付法廷供述41丁裏。甲二八、39頁。甲一〇七〕)。
<3> 更に、原審は、和代、光江、ハツ江の売却益が、ライフからの転貸融資の関係で被告人の口座に入金されたにすぎないことを無視して、被告人の銀行口座にライフから入金されたことをもって被告人の取引であることの根拠にしている(原判決13丁裏7行目から14丁表2行目。17丁裏5行目から17行目)。
もし、こういう論理が許されるのならば、六二年の飛島株の伊三郎とふみの売却益は全てライフから伊三郎の銀行口座に振り込まれているのであるから、六二年の伊三郎及びふみ名義の飛島株取引は同じ理屈で伊三郎の取引とならなければならない。これを被告人の借名取引であると認定している原判決はその論拠に矛盾がある。
(弁論要旨59頁から71頁)
(伊藤平4・11・5付法廷供述35丁裏から43丁裏。甲二九、6、4頁。同49丁裏から50丁裏)
(八重子平3・8・21付法廷証言20丁裏から24丁表)
(光江平4・6・5付法廷証言41丁裏から43丁裏)
(ハツ江平3・11・29付法廷証言25丁裏)
(和代平4・7・29付法廷証言21丁裏から36丁裏)
(ふみ平4・4・24付法廷証言22丁表から36丁裏)
(2) 原判決は、『振り込み後三日以内には、それら売却益がいずれもはぼ全額、右の八重子、光江、ハツ江の各名義人の銀行口座から被告人の経営するコスモファイブの銀行口座に送金され振り込まれている。』と指摘している(原判決14丁表2行目から5行目)。
<1> しかし、これは、被告人が右各名義人に対して振り込んだ後、新規に借用の申し入れをし、その合意に基づいて貸付金として送金されたものである。この借入申込の動機は、当時、不動産市況や株取引が空前の活況を呈していた社会的状況からみて、不自然なものではない(弁一三一、一三二-新聞記事)。この被告人及び弁護人らの主張・立証を無視して、『・・右の八重子、光江、ハツ江の各名義人の銀行口座から被告人の経営するコスモファイブの銀行口座に送金され振り込まれている。』ことを、有罪の根拠としているのは、その間の事情を度外視した不合理な心証形成である。
<2> また、『振り込み後三日以内には、それら売却益がいずれもはぼ全額』振り込まれているとの点についても、一つの情報に基づいた取引であるから売却する時期が同一となり、その後同じように借入申込をしているのであるから、同じような時期に貸付を受ける結果となったもので、このこと自体は必ずしも不自然ではない。
<3> 更に、『ほぼ全額』を借り入れているのは、むしろ名義借りではないことの証左と言わなければならない。仮に、名義借りだとすれば、たとえ親族間とはいえ、相当額の謝礼金が授受されるのが自然であるにもかかわらず、名義借り手数料と認めるに足る金額は支払われていない。
<4> 更に言及すれば、亡伊三郎の相続財産のうち現金を相続した者は、被告人とふみだけであり、八重子と光江とは現金を相続していない(弁一三三-遺産分割協議書、弁一三四-相続税の申告書)。八重子と光江とは被告人に対して真実貸付金があると認織していたからこそ現金を要求しなかったと認めるべきである。
八重子と光江とが被告人に名義貸しをしていたと仮定すると、名義貸し手数料も殆ど取らず、かつ、相続財産の現金も要求しないということは、極めて不自然である。
特に、光江は被告人に対して貸付を実行した直後、被告人から過去の借入金四五〇万円の返済要求を受けて不承不承その返済をしたため殆ど手元に残らない状態となった。もし、名義貸しをしていたなら、過去の借金は少なくとも棒引きにするように要求をすることが経験則上通常のことである。
<5> もともと、資金の流れは無色のものである。金銭の貸借という事実があったことは、被告人及び弁護人らが主張・立証した。少なくとも検察官の主張・立証には合理的な疑いがあることは明らかである。
原判決は、右の振り込みが貸借を原因として行われたという特殊事情を無視しているが、この点の誤認が、伊三郎の勧めで各親族が飛島株購入の決意をした点の誤認と共に、本判決の結果に影響を及ぼす中心的な部分である。
(弁論要旨73頁1行目からから93頁16行目)
(伊藤平4・11・5付法廷供述56丁表から65丁表、72丁表から112丁表。平4・11・26付法廷供述25丁表)
(ふみ平4・4・24付法廷証言23丁表から33丁裏。39丁表以下)
(和代平4・7・29付法廷証言22丁裏から28丁裏。36丁表から42丁裏。43丁裏以下)
(八重子平3・10・4付法廷証言22丁表から26丁裏。平3・8・21付法廷証言24丁表から31丁裏。平3・10・22付法廷証言27丁表から40丁裏。57丁裏から58丁表)
(光江平4・6・5付法廷証言45丁表から46丁裏、59丁表から61丁表)
(ハツ江平3・12・20付法廷証言12丁裏から26丁裏。平3・8・21付法廷証言24丁表から31丁裏。平3・11・29付法廷証言26丁裏から27丁表。平3・12・20付法廷証言14丁表裏)
〔なお、資金の流れ自体は無色なものであるから、法律上〔実質上〕の売却益の帰属と、事実上の売却益の利用との区別が必要であることや、脱税の犯意については、弁論要旨279頁3行目から285頁8行目〕
(3) 原判決は、被告人が、伊三郎、ふみ、八重子、和代らの昭和六一年中の飛島株の売却益も被告人の事業資金として利用していると認定した(原判決13丁表6行目から同裏6行目)。他方、昭和六二中の各親族名義の飛島株の売却益は全て被告人の取引であったとも認定している(原判決17丁裏5行目から7行目)。
ところで、原判決は、伊三郎の昭和六一年中の飛島株の売却益は伊三郎自身の取引であると積極的に認定している(原判決16丁裏3行目から4行目)のであるから、客観的な事実の流れとして、被告人が伊三郎の売却益を事業資金として使ったとしても、必ずしも被告人の借名取引だとは言えないことを既に認めていることになる。
即ち、(伊三郎その他親族名義の昭和六一年中の飛島株の)売却益を被告人がその経営する小倉硝子工業の事業資金として使ったからといって、その売却益が被告人に帰属していた訳ではないことを、原判決自体が判決理由中で自認しているにもかかわらず、他方で伊三郎その他親族名義の昭和六二年中の飛島株の売却益を被告人がその事業資金として使ったことを有罪の根拠にしており、原判決には理由中に齟齬があり、矛盾している。
(4) 原判決は、『コスモファイブの銀行口座に入金された売却益は、・・・東洋電機製造株購入の資金などに使われた。』と認定している(原判決14丁表最終行)。
しかし、東洋電機製造株購入の資金として使った主体は、被告人のみではなく、和代、光江、ハツ江などであるから、被告人が全額を使ったとする認定は誤認である。
(弁論要旨96頁6行目から97頁11行目)
(伊藤平4・11・26付法廷供述2丁裏から13表まで)
(和代平4・7・29付法廷証言46丁裏から51丁裏まで)
(光江平4・6・5付法廷証言70丁表から77丁表まで)
(ハツ江平3・11・29付法廷証言34丁表から36丁表まで)
(智一平3・11・29付法廷証言28丁表まで)
(ふみ平4・4・24付法廷証言43丁表から44丁表まで)
(5) なお、被告人によって、『和代以外の八重子、光江、ハツ江の各名義人の銀行口座に振り込まれた』(原判決14丁表1行目から2行目)と言うが、それ故に『仮装行為』とは言えない。
和代名義の取引による売却益は銀行口座を通していないが、銀行口座に振り込むことをもって仮装行為であるとするならば、一番疑われ易い妻の和代名義の取引分こそ口座を通して処理する筈である。
三 昭和六二年一、二月に購入され、同年三月売却された伊三郎、ふみ、和代各名義の飛島株の取引について(原判決14丁裏7行目から18丁表2行目)。
外形的・形式的な事実関係には取り立てて誤りはないが、このことを根拠に被告人の借名取引を認定していることは誤りである。
即ち、以下に論述する特殊事情(具体的・実質的な事実関係)を認定していないことが誤認の原因である。
1 株取引口座の開設手続、売買注文等の点(原判決14丁裏9行目から15丁表最終行)
(1) 証券会社の変更
証券会社を、第一証券池袋支店からコスモ証券池袋支店に変更したのには理由がある。即ち、ライフから伊三郎及び被告人に対して、昭和六一年一一月頃以降、第一証券だけでなくコスモ証券とも取引上の付き合いをしてやって欲しいと依頼があったので、伊三郎及び被告人がこれに協力したのである。
(弁論要旨54頁16行目から55頁14行目)
(伊藤平4・11・5付法廷供述22丁裏から23丁表)
(中塚平3・3・5付法廷証言1丁裏から2丁裏)
(2) 口座開設
伊三郎及びふみの、コスモ証券の『保護預り口座開設中込兼印鑑届け書』(中塚平2・11・5付検面調書添付資料)の住所、氏名は和代が伊三郎及びふみの依頼で代筆した。そこに押捺してある印影は、伊三郎及びふみの実印である。そして、和代がコスモ証券もしくはライフにこれを持参して提出している。
具体的事実関係は右のとおりであるにもかかわらず、原判決は、あたかも被告人が伊三郎やふみの意思に反して、ないしは名義貸しの承諾を得て、同人らの口座を開設したと推認しており、これは誤認である。
口座開設手続や売買注文手続を代理人や使者に行わせることは通常あることである。両親がそろって被告人に対し、名義貸しのため実印を貸し与えることは極めて不自然である(しかも、後述のとおり、昭和六二年の伊三郎及びふみ名義の飛島株の購入資金は伊三郎及びふみが出しているのであり、被告人は一切出していない)。
(弁論要旨55頁15行目から56頁11行目まで)
(中塚平3・3・5付法廷証言6丁)
(伊藤平4・11・5付法廷供述23丁裏)
(3) 売買注文
伊三郎及びふみの売買注文手続を被告人が代行したのは、伊三郎及びふみがコスモ証券の担当者に面識がないため、電話での売買注文は受け付けてくれないので、すでに面識のある被告人に依頼したまでである。電話注文の回数も数回のことであり、被告人が長期間にわたり頻繁に代行していた訳でもないのである。原審は、伊三郎とふみの意思に基づいて、同人らの口座が開設されていることを見逃している。
(弁論要旨56頁12行目から57頁3行目まで。59頁17行目から60頁18行目)
(伊藤平4・11・5付法廷供述23丁表、29丁裏)
(中塚平3・3・5付法廷証言11丁裏、16丁表)
(4) 和代名義の口座開設と売買注文
日興証券銀座支店で行われた和代名義の飛島株取引についても、口座開設手続や売買注文手続を被告人が行ったからと言って、直ちに被告人の借名取引と認定する根拠にはならない。伊三郎やふみの場合と同様である。
(弁論要旨54頁1行目から6行目)
(伊藤平4・11・5付法廷供述33丁表)
(和代平4・11・29付法廷証言16丁表、17丁表)
2 株購入資金の調達の点(原判決15丁裏1行目から17丁表2行目)
(1) 原判決は、『昭和六二年一、二月に購入され、同年三月に売却された伊三郎及びふみ名義の飛島株の購入資金は、いずれもライフの伊三郎の五倍融資枠から調達されたものである。』旨判示するが、この外形的・形式的事実は誤っていない。しかし、このことは、抽象的な『五倍融資枠』そのものが利用されるということではなく、二割相当の保証金を現実に差し入れなければならないし、ライフから借り入れた五倍融資金についての元利金の返済義務(借用証の差入れなどを含む)を伊三郎が負担するということである。
右の伊三郎名義の一〇万株の購入資金は九九三〇万円であり、その保証金として約二〇〇〇万円が必要である。この金は、伊三郎が昭和六一年に飛島株取引で儲けた金であり、被告人の金でないことは明らかである。
また、右のふみ名義の一九万九〇〇〇株の購入資金は一億八二六一万円であり、その保証金として約三六〇〇万円が必要である。この金は、ふみが昭和六一年に飛島株取引で儲けた金であり、被告人の金でないことも明らかである。
いずれにしても、右の伊三郎及びふみの飛島株購入に際して、ライフへ差入れる保証金について、被告人は一切負担していないし、五倍融資金のライフへの返済義務についても何ら負担していない。昭和六二年一、二月に購入され、同年三月に売却された伊三郎及びふみ名義の飛島株取引は、被告人に帰属するとは絶対に言えないとする所以はここにある。
(弁論要旨57頁4行目から58頁未行)
(伊藤平4・11・5付法廷供述21丁裏。甲三〇、29頁。33丁表から34丁裏)
(ふみ平4・4・24付法廷証言13丁表から18丁表)
(甲三〇、31、32頁)
(和代平4・7・29付法廷証言16丁裏から17丁表、甲二八、46頁)
(伊藤平2・11・11付検面調書本文31頁のもの、添付資料<3>、<4>)
(2) 特に、伊三郎及びふみの取引まで、被告人に帰属するとは、到底認定しえない明らかな事実は他にもある。つまり、原判決は、被告人及び弁護人らが主張し、提出した極めて重要な証拠を敢えて無視した。
即ち、伊三郎の昭和六一年、六二年の飛島株の売却益約六五〇〇万円のうち被告人が借用していた六〇〇〇万円は相続財産として、遺産分割の協議の対象となり(弁一三三-遺産分割協議書)、かつ相続財産として申告されている(弁一三四-相続税の申告書)。
原判決には、右の事実及び証拠についての判断の遺漏がある。要するに、遺産分割協議書及び相続税の申告書に記載されている伊三郎から被告人に対する六〇〇〇万円の貸付金は、伊三郎が昭和六一年及び六二年中に飛島株取引により取得した売却益約六五〇〇万円のうち被告人が借り受けた六〇〇〇万円である。
ということは、伊三郎名義の昭和六二年中の飛島株取引は、昭和六一中の飛島株取引と同様に、伊三郎自身の取引に相違ないということである。
(弁論要旨174頁13行目から179頁14行目)
(弁一一〇-協和ファクター決算書)
(弁一一二-伊三郎の証券投資ローン申込書)
(伊藤平4・11・5付法廷供述26丁裏5行目から28丁表2行目)
(3) 原判決は、『ところで、伊三郎は、昭和六一年四月にライフの五倍融資枠を利用して飛島株を購入して以来その値動きに敏感になっており、・・・ライフの融資枠を利用した自身の取引は、相応の利益を得て昭和六一年一二月で終わりにしようとした・・・ものと考えられ、昭和六二年に入ってからの伊三郎のライフの融資枠を使っての飛島株の購入は、・・・ただその融資枠を他人に利用させたに過ぎないと考えるのが相当である。』とする(原判決15丁裏5行目から16丁裏8行目)。
右の認定は、原判決の中でも特に、不合理・不自然な事実誤認の部分である(検察官は、論告要旨で、ライフの伊三郎名義の口座は昭和六二年度は被告人との『混合口座』であると突然に主張し出し、原判決は、『ただその融資枠を他人に利用させたに過ぎないと考えるのが相当である』と説得力のない事実を根拠に認定している)。
<1> なぜなら、購入原資について言えば、他人が抽象的に『伊三郎のライフの融資枠』を利用するということはないのであって、伊三郎及びふみ名義の飛島株を購入するために、二割相当の保証金を伊三郎(及びふみ)がライフへ現実に入れており、被告人は入れていないからである。
また、ライフからの融資の場合は、ライフが直接伊三郎に貸借関係発生に関する確認を電話でする他、伊三郎がライフの借用証書に捺印(届け出印鑑である実印)する必要もあるから、抽象的に『ただその融資枠を他人に利用させたに過ぎないと考えるのが相当である。』とする原判決は、証拠に基づかない不合理・不自然な推論と断定しなければならない。
(弁論要旨263頁13行目から264頁9行目。257頁12行目から263頁12行目。57頁3行目から58頁最終行)
(伊藤平4・11・5付法廷供述27丁表から34丁裏。甲三〇、29、31、32頁)
(上野代平3・3・26付法廷証言49丁表から63丁表)
(中塚喜久平3・3・5付法廷証言6丁表から22丁裏)
<2> そもそも、原判決は、『伊三郎は、ライフの融資枠を利用した自身の取引は、昭和六一年一二月で終わりにしようとしたものと考えられる。』と推論しているが、これは経験則に反する。
伊三郎が、飛島株情報に不安を抱いて、利益をそこそこに出せるうちに早く売ってしまおうと、独自に売却を継続したことは不思議ではない。しかし、長年の株取引の経験を有する伊三郎にとって、また、新たな情報に接して、更に儲けられると判断すれば再度買いを入れることはむしろ自然である。売り切った直後であっても、儲けられると判断すれば買う。昭和六一年暮れから翌年一月にかけて、飛島株は、被告人の情報どおりの値動きをしていたため、伊三郎は、飛島株の再度の株価上昇を信用したのである。
仮に、伊三郎が、ライフの融資枠を利用した自身の取引は、昭和六一年一二月で終わりにしようとしたのならば、伊三郎は、ライフにプールされている元々の保証金や飛島株売却益等はすべて引き出した筈である。
(弁論要旨53頁2行目から54頁14行目)
(伊藤平4・11・5付法廷供述21丁表から33丁表)
(ふみ平4・4・24付法廷証言13丁表から15丁裏)
<3> また、口座開設や売買注文手続について言えば、昭和六一年の伊三郎名義の取引は伊三郎の取引であることを原判決は認めているところであるが、昭和六一年と同六二年の伊三郎口座での取引の違いは、証券会社における口座開設及び注文手続を伊三郎が行ったか同人に頼まれて被告人が行ったかの違いだけである。その違いについては、前述のとおり、ライフからの依頼でコスモ証券に口座開設をしたところに由来しているのであって合理的な理由がある。
(弁論要旨264頁10行目から265頁14行目。54頁16行目から59頁最終行)
(伊藤平4・11・26付法廷供述22丁裏から39丁裏。甲二九、6頁)
(上野代平3・3・26付法廷証言49丁表から63丁麦)
(中塚喜久平3・3・5付法廷証言1丁裏から2丁裏、6丁表から22丁裏)
<4> さらに、昭和六一年及び六二年の伊三郎名義の飛島株の売却益の受領及び使途の状況並びにその相続関係などの諸点について、右両年度の所得に取り扱い上の特別な違いはなく、いずれも同一のである。昭和六一年の伊三郎名義の飛島株取引は伊三郎自身のものであり、昭和六二年の伊三郎名義の飛島株取引は被告人による借名取引であるとの認定は、到底合理的な説得力を持たない。
(弁論要旨265頁15行目から266頁8行目)
(伊藤平4・11・26付法廷供述20丁表から28丁表)
(弁一三三-遺産分割協議書、弁一三四-相続税申告書)
(4) 原判決は、『和代名義の昭和六二年二月の飛島株の購入については、被告人が伊三郎から手持ち資金を借り入れて購入資金に当てていることや、前記のとおり被告人が売買取引に関して一切の手続を取っていたことを考え併せると、被告人が、伊三郎のライフの融資枠を利用し、伊三郎はその利用することを容認したものと認められる。』としている(原判決16丁裏8行目から17表2行目まで)。
しかし、この文言は必ずしも明確ではないが、和代名義の昭和六二年の飛島株の購入について、被告人が和代のために伊三郎から手持ち資金約三〇〇〇万円を借りたことと、被告人が伊三郎のライフの融資枠を利用し、伊三郎がその利用を容認したとすることとは、そもそも何の関係もないことである。
換言すれば、和代名義の右飛島株の購入資金は、伊三郎のライフの融資枠を利用していないのである。なぜならば、和代名義の昭和六二年二月の飛島株の購入については、検察官提出の『飛島建設(株)の名義人別の取引結果』(弁論要旨の末尾添付)の記載は誤記であり、この購入資金の出所は伊三郎のライフの融資枠を利用した転貸融資ではなく、被告人が伊三郎から現金を約三〇〇〇万円借用し、これを和代に貸付けたものだからである(伊藤平4・11・5付法廷供述32丁表から34丁表。甲二八、46丁)。
従って、伊三郎が被告人に対して、ライフの融資枠を利用することを『容認したものと認められる』との認定には、何ら合理的な根拠はないと言わなければならない。
(弁論要旨57頁18行目から58頁6行目)
3 株売却益の流れ、使途の点(原判決17丁表)
外形的・形式的な飛島株の売却益の流れ、使途は特に誤りはない。
しかし、その意味内容、事情については、被告人及び弁護人らが主張・立証したにもかかわらず、無視されており、昭和六一年四月購入分の各名義人の飛島株の売却益の場合と同じである。
四 判断について(原判決17丁表最終行から同裏7行目)
1 原判決は、『以上認定される事実関係から判断すると、和代、八重子、光江、ハツ江名義で昭和六一年四、五月に購入され、翌六二年三月売却された飛島株の取引、並びに昭和六二年一、二月に購入され、同年三月売却された伊三郎、ふみ、和代各名義の飛島株の取引については、・・・名義人となっている親族と被告人の関係、株購入資金の調達方法、株購入・売却の実行方法、株売却益の受領及び使途の状況などからすると、・・・株取引名義は各親族となっているものの、いずれも実質は被告人の取引であると推認されるといわねばならない。』と結論づけている。
2 しかし、原判決は、以上論述のとおり、適法な証拠の価値判断ないし取捨選択を誤り、あるいは証拠からの推理判断を誤り、認定すべき事実を認定せず、認定すべからざる事実を認定した誤りがある。
このことを論証するため、以下に更に検討を加える。
五 『被告人及び弁護人らの主張についての検討』(原判決18丁表2行目)についての誤認
1 原判決は『伊三郎が親族らに飛島株の購入を勧め、それによって親族らが決意したというのも、直ちに信用することはできない』とする(原判決19丁表7行目から9行目)。
しかし、以下に分説するとおり、この判断は証拠を無視して事実を歪曲しており明らかに事実誤認である。
(1) 原判決は『飛島株の情報が信頼できるかどうかは被告人が一番判断できることで、それを間接に聞いた伊三郎が、一生一度のチャンスというようにその情報を絶対信用できるように語ったというのは不自然である』という(原判決18丁裏1行目から6行目)。
<1> しかし、被告人は飛島株情報を聞いて伊三郎にこれを報告した当時は、まだ、株取引の経験もない素人だった(この点は、原判決も認めている。9丁裏6、7行目)のであり、飛島株の情報が信頼できるか否かの判断ができなかったことは明らかであるから、被告人が伊三郎に判断を仰いだと見るのは全く自然である。
<2> また、伊三郎は、自らライフを見つけたり(伊藤平4・9・4付法廷供述41丁裏。和代平4・7・8付法廷証言8丁裏)、伊藤より前にライフの口座を自ら開設したり(弁一一二-証券ローン申込書)、親族の中で真先に飛島株を購入しており(原判決7丁表4行目以下参照)、伊三郎が過去の長い経験に基づいて、被告人からの飛島株の情報を強く信じていたことは明らかである。
<3> 伊三郎は、でっち亭での飛島株取引も多数行っている。
(伊藤平4・10・22付法廷供述109丁裏1行目から110丁表10行目。検察官請求証拠等閑係カード乙番号11添付の「飛島建設(株)名義人別の取引結果」と題する一覧表)
このことからも、伊三郎が飛島株が高騰するとの情報を信じていたことは明らかである。
<4> 伊三郎は、飛島株情報の前にやはり被告人から蛇の目ミシン株の値上がり情報を聞いて、少なくとも二、三過間に渡って自分でその値動きの状況を観察した結果、その情報の正確なことに驚嘆していた。
(和代平4・7・8付法廷証言2丁裏6行目から4丁裏3行目)
<5> それに、伊三郎は、蛇の目ミシンの値上がり状況を自分で観察したことに加え、被告人から、段ボール箱に蛇の目ミシンの株を詰めて、三井信託銀行渋谷支店に運び込んでいるのを見たという具体的な情報、及び、同じ小谷が今度は飛島株を買い占めるという情報を得たことから、松尾の情報の正確性にますます確信を持ち、飛島株の値上がりは間違いないと信じたことは明らかである。
(伊藤平4・9・4付法廷供述11丁表8行目から12丁表7行目)
(伊藤同32丁裏1行目から33丁裏6行目)
(2) 原判決は『現に、伊三郎はその後被告人の情報を信頼できなくなっている。株を長年やっている木村智一も、飛島株の情報を聞いても直ちに飛島株を購入していない』として、これを伊三郎が昭和六一年四月の段階で、飛島株情報が絶対信用できるように親族らに語ったのは不自然であることの一根拠としている(原判決18丁裏6行目から9行目)。
しかし、この原判決の論法は明らかに不合理である。伊三郎の昭和六一年八月から一二月当時の飛島株の株価動向に対する心情をもとに、それよりはるか以前の昭和六一年四月当時に伊三郎が飛島株情報を信じていなかったかのごとき認定は明らかに誤っている。
一旦株情報を信じて買ってもその後に不安になって処分したり、また、処分した後すぐに処分したことを後悔して又買い戻したりと、心境がしきりに揺れ動くことは、株取引を多少経験した者なら常に経験するところだからである。
また、智一がすぐに飛島株を買わなかったのは、智一は、伊三郎とは異なり、長い日にちに渡って蛇の目ミシン株の上昇の様子などを自分で観察していたわけではないからであり、また、飛島株の情報についても、伊三郎とは違って、被告人が川崎の家へ来てハツ江に勧めた以前に被告人から電話で飛島株情報を聞いたとはいうものの、話を聞いた当初は不安を感じていたからである。
(智一平4・3・13付法廷証言7丁裏7行目から9丁表1行目)
智一は、右の電話のあと自分なりに株式新聞などで飛島株の情報を調査したが、建設株は内需関連株の筆頭であること、固い伊三郎がやるなら勝負する価値があるなどという程度の見通しはつけたものの、確たる自信があったとまでいかないことは、その証言から窺える。
(智一平4・3・13付法廷証言11丁表最終行から同丁裏10行目)
従って、被告人が、妻和代や子供連れで川崎の家へ来てハツ江や智一に飛島株購入を勧めたときに、初めてじっくりと具体的に飛島株の特殊な情報を聞いたといってよい。しかし、被告人から説明を受けて大いに信用したことは認められるが、なんといっても、伊三郎や被告人のように何度も何度も時間や日にちをかけて検討したわけではなく、いわば急な話であるから、値上がりを伊三郎や被告人ほどに信じることができなかったことも推認される。
そのため、妻ハツ江が被告人から転貸融資を受けて飛島株を購入することには賛成しても、値下がりする危険も僅かに危惧されたため、万一値下がりしたときは自分がハツ江の損失を補填できるように用意をしながら、暫く様子を見ていたものであることは明らかである。
(智一平4・3・13付法廷証言12丁裏1行目から14丁裏8行目)
しかし、その智一も、結局その情報を信じて約一カ月後にはやはり飛島株を購入している。
(智一平4・3・13付法廷証言15丁表12行目から同丁裏5行目)
従って、原判決の判断根拠は根拠たりえないことが明らかである。
(3) 原判決は『(注・伊三郎に値上がりの自信があるなら)万一損したときは自分が補ってやると言ったのは(注・損する危険を認識しているわけだから)辻褄があわない』(原判決18丁裏9行目から19丁表6行目)といい、さらに、『(伊三郎に値上がりの自信があるなら)内需関連株だとか売らなければ損はしないと一般論を話したのは辻褄があわない』
(原判決18丁裏9行目から19丁表6行目)という。
<1> しかし、伊三郎が親族らに対して損したら自分が捕ってやるから儲け話に乗ってみるように家族らに勧めたのは、父親の情としてごく自然なものとして理解できる。
また、「万一損したときは自分が補ってやる云々」という伊三郎の言葉は、むしろ伊三郎が、損するはずがないという自信をもっていたことを示しているというべきであり、同時に、親族らに対して儲けさせてやるために元気付ける気持ちもあって発せられた言葉であるとみるのが自然である。
伊三郎が、危険が大きいと思っていたのならまさに家族に対して飛島株購入を勧める筈はないし、そもそも自分自身でも一九万九〇〇〇株も買う筈がない。自分が真先に買っている事実からみても、伊三郎が本当に「一生一度のチャンス」と思っていたことは明らかである。
原判決の判断は、全く形式論理であって事実誤認は明らかである。
<2> 更に、内需関連株だから大丈夫という予想と、特別な情報によって大儲けするだろうとの予想とは矛盾しない。双方が補い合って、飛島株による儲けをより一層確信できる関係にある。すなわち、株売買にあっては、大きな危険性と大きな期待が持てる場合の他に、小さな危険と大きな期待が持てる場合があることは当然考えられるが、伊三郎は内需関連株であることから危険は小さいと判断し、蛇の目ミシン株の実績を伴う情報源であることから期待は大きいと思ったことは、昭和六一年四月一五、一六、一七日頃の伊三郎と親族らとのやりとりの流れからみて明らかである。
(和代平4・7・8付法廷証言8丁表最終行から17丁表3行目)
(伊藤平4・9・4付法廷供述11丁裏。同21丁表。同24丁表。同46丁表7行目から52丁裏3行目)
<3> 伊三郎は被告人に対するのと同じ気持ちで、同じように他の家族達にも飛島株の購入を勧めたものである。
八重子の検面調書の中にも、(検察官によって多少歪曲されてはいるが)八重子が伊三郎から飛島株購入を勧められた事実が記載されている。
(八重子平2・11・9付検面調書3丁裏11行目から5丁表6行目)
従って、伊三郎が、どのような方面からみても大丈夫だという観点から親族に伝えた話の一部分だけを取り上げて『辻褄が合わない』と判断する心証形成は経験則に反し合理性がない。
(4) 以上(1)ないし(3)の諸点には、原判決が、伊三郎から親族らに対して飛島株取引を勧誘した事実を強引に否定すべく、独断約な証拠の取捨選択ないし証拠評価を行っていることが如実に現れている。
即ち、伊三郎の勧誘があったことを認めると、伊三郎とふみや八重子との金消契約を真実の金消契約と認めざるをえなくなり、且つ、ふみや八重子が自らの意思で飛島株の取引をする気持ちになっていたことを認めざるをえなくなってしまう。そのために、伊三郎が家族らに飛島株購入を勧めた事実を強引に否定するような事実認定をしたものであることは明らかである。
要するに、伊三郎の勧めと家族各人の飛島株購入意思を素直に認定すれば、被告人の用意周到な脱税であったとの判断はありえないのである。
2 飛島株購入の動機についての判断についての誤認(原判決19丁表以下)
(1) 原判決は『八重子やハツ江に、老後のために儲ける必要があったのか疑問であるから、親族らに不動産購入や老後に備えるためという動機が存在したか疑問である。』(原判決19丁裏3行目から6行目)としている。
しかし、この原判決の論法は全く人の心理を形式論理で推し計っているものであって、現実を無視した事実誤認であると言わねばならない。
本件は、まず大金が儲かるという情報があって始まった話であり、基本的な動機はここにある。当時、どうしても儲けなければならないという具体的な必要性があったとはいえないとしても、家族各人が大金を儲けられれば、老後のためになるということであり、その意味で老後のために飛島株を購入したという意味であることは明らかである。
たまたま飛島株の情報を得たために、伊三郎も被告人も親族らも皆が儲けの機会に乗ったのであり、親族ら各自も儲けの話を聞いて儲けたら「こうしたい」とか「こんな風に安心だろう」などという気持をもったというのが本件でいう親族らの動機の実体であることは、被告人本人、親族らの法廷証言の流れから明らかである。
また、老後のために儲ける必要があったのか疑問だということをいうなら、伊三郎や被告人自身でさえも、飛島株の情報に基づいて儲けなければならない必要性は無かった。
<1> 例えば、光江についていえば、光江は当時事実上の離婚状態にあり、就学中の小さな子供三人を抱えて、二DKの賃借アパート住まいであったため、常々、将来に不安を懐いていたのであり、自分の財産として不動産やお金を欲しいとの思いは切実であった。
(光江平4・6・5付法廷証言1丁3、4行目。同23丁裏8行目から24丁表9行目)
<2> ふみは、当時、夫の伊三郎が癌で先がないこと、老後子供達から面倒を見てもらうことをあてにできないこと、光江が三人の子供を抱えて離婚状態なので援助してやりたいこと、持ちアパートの八光荘や自宅の改修もしたいこと等の事情があり、大金が入るのなら欲しいと思っていた。
(ふみ平4・4・9付法廷証言18丁裏1行目から22丁裏8行目)
<3> 八重子自身についても、同女は、香港時代に自分と同年代の人が株で大儲けしてマンションを買った話を聞いて、株に大変興味を持っていた。そこに、伊三郎から飛島株を勧められ、老後のためと同時にボランティア活動の資金などとして自由に使えるお金が欲しかった。
(八重子平3・8・21付法廷証言25丁裏1行目から26丁表11行目。平3・9・13付法廷証言35丁表11行目から36丁表1行目)
<4> 和代やハツ江についてもそれぞれの立場で、お金が欲しいと思っていたことは各自の証言のとおりである。
(和代平4・7・8付法廷証言19丁裏4行目から22丁表2行目)
(ハツ江平3・12・20付法廷証言7丁裏5行目から8丁表最柊行)
(2) 原判決は『一部親族が、税務当局からの事情聴取に備えて、メモに自分の意思で買ったとか自分の取引であるとか記載しているが、購入する動機があり自発的に購入したのなら、わざわざそのようなことを書く必要はないはずで、そのような記載は、逆に、購入の動機も意思も無かったのに、それがあったと主張するためではなかったかと窺われる』としている。(原判決19丁裏7行目から20丁表3行目)
(弁論要旨217頁参照)
<1> しかし、税務当局から疑われていることがはっきりした段階においては、税務署に対して事の経緯を説明するような経験が皆無である家庭の主婦や老女らに対して、税務当局に説明すべき内容を確認するためにメモを作成してやる程度のことは不自然ではない。
<2> また、そのメモなるものは、税務当局に問われた場合に答えるべきポイントを確認的に書いたものである。そのポイントとして、株購入資金や購入手続のほかに購入意思が問題となるから自分の意思で買ったことも記載されているのであって、原判決がいうような不自然さは認められない。
<3> なお、これらのメモが口裏合わせのためであったとしたら、内容が簡単すぎることは明らかである。一般の主婦にとって、事実の流れを順序立てて説明することは、簡単そうに見えて必ずしも容易ではないことは常識だからである。また、この程度の内容のメモでは口裏合わせたりえないことは、税理士たる被告人には分かるはずである。よって、これらのメモが口裏合わせのためのものでなかったことは明らかである。
3 ライフが女性には融資しないために伊三郎や被告人が親族らに転貸融資した点についての誤認
(1) 原判決は『女性である親族らは、ライフから融資を受けるための保証金を自らの資産から準備できる状況になかったのだから、そもそも、親族ら自身が保証金を積んでライフから融資を受ける意思を起こし得たか疑問』である(原判決20丁表8行目から同丁裏2行目)としている。
しかし、この判断は、親族間での金銭貸借はあり得ないとする理由のない独断を前提としており、経験則を無視した重大な事実誤認である。
<1> 当初、伊三郎と被告人は二人とも飛島株を買う決心をして、伊三郎がライフを見つけたが、二人がライフに保証金を入れても資金が余ることから、親族らにも保証金を貸そうという話になり、親族らもその気になったものであることは、被告人や親族らの証言の流れから明らかである。
従って、親族らが、その話が出る以前において、自らの資産でライフの保証金を準備できなかったのだから親族らがライフに各自の口座を設けようとする意思を起こし得なかったとする原判決の論理は飛躍である。夫や父や兄が保証金を貸してくれるといえば、親族らが喜んで儲け話に乗るのは当然であり、人情としても極く自然である。
<2> 女性である親族らは確かに資産がなかった。それゆえにこそ、伊三郎や被告人はみんなに儲けさせてやろうと思ったのであるし、また、株購入資金としてライフへの保証金を各自に貸し付けてやろうとしたものであることは明らかである。
即ち、当初は、親族らに対して、伊三郎や被告人がライフへの保証金として金二〇〇〇万円程度づつ貸して、各人がライフで口座を開設してライフから融資を受けて飛島株を買おうという話であった。
(和代平4・7・8付法廷証言9丁裏6行目から10丁裏9行目)
(伊藤平4・9・4付法廷供述45丁表最終行から45裏10行目。同55丁表5行目から9行目。同51丁裏6行目から最終行)
従って、当初は、ふみ、和代、光江らは、伊三郎や被告人からライフの保証金用の金銭を借り、自分自身が保証金を積んでライフから購入資金を借りる意思を持っていたことは明らかである。これに反する原判決の判断は、前述のとおり誤りである。
(2) 次に原判決は『・・・ライフから女性だから融資を受けられなかったので、被告人や伊三郎が転貸せざるをえなかったというのは、現実に基づかない話の色彩が濃い』(原判決20丁裏2行目から4行目)としている。
しかし、この判断は、ライフが女性に融資しなかった点について明らかに証拠を無視しており、重大な事実誤認である。
<1> ライフが女性に融資をしなかったのは事実である。八重子が検察庁における取調べの席上、取調担当の三ノ上検察官の要請でライフにその場から電話をかけ、事業をしていない女性には口座を開設させていなかった旨を確認したことは八重子の法廷証言上明らかである。
(八重子平3・9・13付法廷証言3丁裏9行目から4丁裏最終行)
八重子の法廷での右証言が虚偽であることは考えられない。しかるに原判決は、このような厳然たる証拠を見落としているものである。
また、この点については、被告人とライフの担当者上野代との電話録音テープがあり、弁護人らは右録音テープを証拠申請したい旨予め原裁判所に申し入れたが、原審はこれを事実上却下してその提出を認めなかった。
<2> ライフが女性に口座を開かせないという条件の下で、親族が飛島株売買をするために伊三郎や被告人が親族に株購入資金を世話してやる方法として、その時点では、ライフから伊三郎や被告人が借りて転貸融資をしてやることが最も現実的だったので、そうすることになったと推認することは極めて自然である。
(弁論要旨103頁8行目から107頁21行目)
(上野代平3・3・26付法廷証言23丁裏から24丁表。9丁裏から11丁裏。32丁裏から38丁表)
(古屋平3・4・16付法廷証言15丁表から16丁裏。17丁裏から18丁表。28丁表から29丁裏。20丁裏から21丁裏)
(伊藤平4・9・29付法廷供述51丁裏から59丁裏)
<3> 右の経緯で、親族らが伊三郎や被告人から転貸融資を受けて各自飛島株を購入したことも明らかである。そのために当然のことながら、被告人や伊三郎が、ライフの与信枠を各自自分の購入に必要な分以上の多額に設定しているのであって、このことこそ、被告人及び弁護人らの主張を裏付ける根拠である。
(伊藤平4・9・29付法廷供述43丁表11行目から同丁裏5行目)
(弁一一三-ライフに対する被告人の融資申込書)
(3) 金消契約書(原資証明)、確定日付について、原判決は『金消契約書を作ったり作らなかったりしていること、金消契約書に確定日付を取る必要があるかは疑問であること、不動産購入の直接の原資となる株売却益を貸借する金消契約書については確定日付を遅れて取っていること』等を指摘して、結局、『金消契約書が作成され確定日付まで取られた納得できるあるいは合理的な理由は見出し得ない』(原判決20丁裏4行目から21丁表7行目)としている。
しかし、金消契約書や確定日付の意味については、被告人尋問における度重なる原審裁判所の介入尋問によって充分明らかにされているにもかかわらずその意味内容を取り違えて証拠判断している。これは以下に述べるとおり明らかに事実を誤認しているといわなければならない。
<1> 飛島株購入資金の金消契約書について
飛島株購入時に家族らが伊三郎や被告人から購入資金を借りた時点では、家族らはみな株を購入するに充分な資金を有していなかった。
従って、飛島株購入資金を伊三郎や被告人が親族らに転貸融資した金消契約書は、当事者間で貸借を証明する目的と共に、将来、親族らが不動産などを購入したりしたときは、税務署に対して不動産等の購入資金のそもそもの発生の由来を説明するためにどうしても必要である。
親族らが不動産を購入したときの資金の直接の出所たる株売却益そのものではなく、その飛島株購入資金の出所を順次遡っていって、最終的にその株売却益を生み出す元となった資金即ち「原資」の出所が問題となる。この場合に、飛島株購入資金を借り入れた事実がきちんと証明できれば、あとは、飛島株を購入した事実、売却益が生じた事実等は売買報告書などによって簡単且つ必然的に証明できることだから、結局、飛島株購入資金をいかにして準備したかがもっとも明らかにされる必要がある。この株購入資金自体が多額だから尚更である。これが、金消契約書やその確定日付を即座に備えた根本の理由である。
ちなみに、被告人が言う「原資」とは、親族らが伊三郎や被告人から借りた飛島株購入資金のことであり、その株購入資金を借りたことの証明が「原資証明」たる株購入資金の金消契約書なのである。
被告人は「原資証明」の意味を右の意味で繰り返し供述しているにもかかわらず、原判決がこれを『不動産購入の直接の原資となる株売却益の存在の証明』としているのは、明らかに誤解である。
(伊藤平4・11・5付法廷供述112丁表7行目から113丁表4行目)
(伊藤平4・12・24付法廷供述72丁表1行目から73丁裏5行目)
(なお、原資証明につき、弁論要旨90頁<3>参照)
<2> 親族らが飛島株売却益を被告人に貸したときの金消契約書について売却益を被告人に貸したときの金消契約書やその確定日付の意味についての原判決の前記判断は、以下の点を無視ないし誤解しており、事実の誤認であることは明らかである。
右金消契約書の作成目的は、親族らと被告人間での貸借を明確にするためであり、また、被告人が親族らに借入を申し込むときの約束に基づいて作成されたものである。
(伊藤平4・11・5付注廷供述90丁裏7行目から同裏8行目)
親族らが飛島株の売却益を得てこれを被告人に貸した昭和六二年三月当時は、親族らは各自多額の売却益を取得していた。この親族らが被告人に貸した金の由来がもし問題になるとすれば、それは右に述べた原資証明たる金消契約書と飛島株売買の事実があるから何時でも証明できることである。
それゆえに、親族らから被告人に対する金消契約書に確定日付まで取る必要性はなかったともいえる。この金消契約書が作成された客観的意味は、株購入資金の金消の場合と違って税務署に対する証明のためという目的は不要であって、前述のとおり、貸借した当事者間でのみ証明の資料として役立てばよいものだからである。この点で「原資証明」のために作成した飛島株購入のための金消契約書と、ここでいう親族らから被告人が借り入れるための金消契約書とはその作成目的に大きな差異があることは明らかである。原判決はこの差異を無視ないし誤解しているから、納得できずあるいは合理的な理由を見出せないのである。
右の経緯で、被告人は、親族らから借り入れた際の金消契約書の確定日付については殆ど必要性を感じなかったため、昭和六二年三月の金消作成時には確定日付を取らなかった。しかし、被告人は、同年一二月八日頃(和代については更に翌六三年六月)確定日付を取った。この場合に確定日付を取った理由は、被告人が同年末に事業の決算の準備をしていた時に、これらの金消契約書のコピーを見て確定日付を取っていなかったことに気付き、将来税務調査などで不動産購入資金の資金源を尋ねられた場合などに、直接的な説明資料としてやはり取っておいた方がいいかなと考えたからである。
(伊藤平4・11・5付法廷供述105丁表5行目から同丁裏4行目。同108丁表9行目から113丁表4行目)
<3> 東洋電機製造株などの購入資金の金消契約書について
親族らの東洋電機製造株等の購入資金借入は、飛島株の場合と同様に、伊三郎や被告人からの転貸融資による資金である。
しかし、この場合は、親族らはすでに飛島株売却益を各自有していることは明らかになっているから、改めて原資証明としての金消契約書を作成する必要はなかった。
また、貸借関係を明確にするための金消契約書を作る必要性については、東洋電機製造株等の売買報告書の金額等から貸借額は明確であるため、親族らから被告人に対する貸しは貸しとし、それと別に、伊三郎や被告人から親族らに対する貸しは貸しとして、後日、相殺勘定をして精算することで了解されていたのである。
(伊藤平4・11・26付法廷供述7丁表9行目から8丁裏4行目)
(和代平4・7・29付法廷証言18丁表8行目から20丁表5行目。同48丁表9行目から50丁表最終行まで。同56丁表5行目か同丁裏1行目。同57丁表8行目から12行目まで。同58丁表3行目から9行目)
(光江平4・6・23付法廷証言94丁表10行目から同丁裏9行目)
<4> 以上のとおり、金消を作成したりしなかったり、確定日付をきちんと取ったり後れて取ったりしたことについては、それぞれ納得できる合理的な理由があったのである。
すなわち、それぞれの金消契約書、確定日付にはそれぞれの意味や必要性の強弱があるために、区々になっているのである。よって、金消契約書や確定日付ごとの被告人のそうした意識の違いはむしろ理解できるのであってすこしも不合理ではないというべきである。
<5> むしろ、金消契約書を作成したりしなかったり、確定日付を即座にとったり後れて取ったり一貫していないことは、逆に仮装工作ではなかったこと、従って、被告人には名義借りや脱税の故意が無かったことを証明しているというべきである。
もし、原判決がいうように『用意周到に』仮装工作をしていたのならば、売却益を借りたときに直ちに金消契約書を作成したのみならず、直ちに確定日付を取っていたはずである。
また、妻和代からの借入の金消契約書についての確定日付は、他の親族らからの借入の金消契約書の確定日付よりも更に六カ月ほど後れているが、もし、被告人が仮装工作をするのなら、もっとも疑われ易いと思われる妻からの借入れの金消契約書にこそ真先に確定日付を取っていたはずである。このことからも、原判決の認定は、経験則上誤認と言わなければならない。
4 親族らが飛島株の売却益を自己のものとして獲得した後に被告人に貸し付けた点について(原判決21丁表8行目)
(1) 原判決は、親族らが『株売却益が各人名義の銀行口座に振り込まれるや、ほとんど日にちを置かずに被告人の銀行口座等に移され、結局被告人経営の会社の用途等に費消されている・・・経過は、多額の資金を投じて株取引を行い願い通り多額の利益を得た者が、自ら貸付けを行ったというにはあまりにも不自然である。特に、多額の資金を投じて株取引をする目的が不動産購入の資金の獲得にあったというのなら、その株売却益を手元に留保しておいてよいはずであるのに、全員一様に揃って貸付をいとも簡単に承諾したのは解せない。』としている(原判決21丁表 最終行から裏8行目)。
<1> しかし、親族らは、被告人の情報のおかげで儲かったという感謝の気持ちをもっていたこと、不動産を購入するなど現実に使用するまでは差し当たって銀行に預金するぐらいのもので特に使うあてがなかったことなどは事実の流れから自明である。
また、口頭ではあるが親族らが必要とするときは何時でも返すという約束があった。
(伊藤平4・11・5付法廷供述65丁表)
(ふみ平4・4・24付法廷証言33丁裏)
(和代平4・7・29付法廷証言41丁表)
(八重子平3・8・21付法廷証言27丁表)
(光江平4・6・5付法廷証言59丁裏、60丁表裏)
(ハツ江平3・12・20付法廷証言14丁表、裏)
貸付金利として当時の銀行定期預金と同率の金利を支払って貰える約束だったから、親族としては銀行に預けるのも被告人に貸すのも経済的に同じことであった。
(伊三郎から被告人への貸付の金利について-伊藤平4・11・5付法廷供述65丁表1行目から10行目まで)
(ふみから被告人への貸付の金消契約書-伊藤平2・11・11付検面調書本文31頁のものの添付資料<9>)
(和代から被告人への貸付の金消契約書-伊藤平2・11・11付検面調書本文31頁のものの添付資料<10>)
(八重子から被告人への貸付の金消契約書-伊藤平2・11・11付検面調書本文31頁のものの添付資料<8>)
(光江から被告人への貸付の金消契約書-伊藤平2・11・11付検面調書本文31頁のものの添付資料<7>。弁八八)
(ハツ江から被告人への貸付の金消契約書-伊藤平2・11・11付検面調書本文31頁のものの添付資料<6>)
当時の社会状況はいわゆるバブル時代が最盛期にあったころであり、株や不動産市場は未曾有の活況を呈しており(弁一三一、一三二-いずれも新聞記事)、被告人は個人としてもその経営する不動産会社アーバンルネッサンスとしても充分な資産を有しており、貸し付けるについて何らの不安はなかったことなどが、被告人から借入申込を受けた当時の親族らの共通した心境であった。
<2> そうはいっても、親族らは本心のところでは、被告人の借入申込を必ずしも歓迎していたわけでないことは以下の事実から明らかである。
(弁論要旨74頁から81頁まで参照)
イ. ふみは、被告人が借入申込をしたとき、最初は承諾の確答を避けた。翌日、再び借入申込を受けたときも、「・・・貸してあげるけどただじゃいやだよ・・・銀行の定期預金の金利の三・五%ぐらい貰おう・・・」と言った事実がある。
(ふみ平4・4・24法廷証言13丁表、裏)
ロ. 和代は「金四-五〇〇万円は貸さない」と断り(和代平4・7・29付法廷証言23丁裏)、さらに「私が不動産を買いたいと言ったらすぐ返して」(和代同25丁表)と述べている。
ハ. 光江は「私のためにいいマンションを見つけたら、そのときは返して」と条件をつけている。
(光江平4・6・5付法廷証言46丁裏)
こうした親族らの言動をみると、親族らは被告人に対する感謝の気持ちはありながらも、内心では被告人からの借入申込を必ずしも歓迎していたわけでないことが明らかである。このことは、親族らが各自飛島株売却益は自己に帰属していると認識していたことを示している
<3> 同時に、飛島株の売却益が親族ら各自の銀行口座に振り込まれた時点では、売却益は、事実的にも客観的にも親族らの支配下に完全に入っているであるから、親族らが株売却益の帰属主体であったことは明らかである。
<4> 以上を総合して考えれば、親族らが自ら貸付けを行ったことは自然なのであり、また、全員一様に揃って貸付をいとも簡単に承諾したというわけではないのであって、原判決の『不自然である』とか『解せない』という批判は当たらない。
(2) 原判決は『金消の貸借期間は約五年とされ、双方に異議がないときは自動的に更新されており、返済期限はあってないようなものであり、通常の金消契約には見られない』としている(原判決21丁裏9行目から22丁表1行目まで)。
<1> しかし、異議があれば更新されないのだから、返済期限があってないようなものであるとの判断は明らかに誤りである。
仮に、貸主が本件と同一内容の金消契約書を証拠として、五年後に更新を拒否して、貸金の返還訴訟を提起すれば、貸主が勝訴判決を得ることができることは自明である。
よって、原判決の判断は金消契約書に明記された文言を理由もなく無視しており、その判断は合理性がない。通常の金消契約にはみられないというのは、原裁判所の独断である。
<2> また、金消契約書の期限が五年といっても、その間無利息なのではなく、銀行定期預金金利の利息支払約定もあり、また、期限の利益喪失約款もあるのであるから、金消契約書の内容自体に限って考えてみても、貸主の利益が不当に侵害されているとはいえない。
<3> また、前述のとおり、親族らが必要とするときは、金消契約書記載の五年という期限にかかわらずいつでも返すという口頭の約束もあった。現に、その約束に従って、後述のとおり、平成元年三月頃には光江のマンション探しを始めていた事実もあるのである。原判決はこうした事実も見落として事実誤認の判断をしている。
(3) 原判決は『利息は結局二年間払われず、被告人が本件脱税の嫌疑で国税当局から査察調査を受けた後になってようやく利息の支払いがなされた形になっている』としている(原判決22丁表1行目から4行目)。
<1> しかし、被告人には、約定金利の支払時期が到来した昭和六三年二月末日当時利息を支払えなかったことについては理由がある。
即ち、昭和六二年一〇月頃から、いわゆるミニ国土法が施行されたり不動産融資に対する総量規制が実施されことに加え、いわゆるブラックマンデーによる株価暴落などが重なったために、被告人及び被告人が経営するアーバンの資金繰りが極端に悪化したためである。
(伊藤平4・11・26付法廷供述28丁表3行目から29丁表1行目)
現に銀行等からも相次いで内容証明郵便による催告を受ける状況にあり、被告人は「借入元利金の返済猶予の件」と題する書面を作成して、借入元利金の返済を猶予してもらうために銀行回りをしていた。
(弁一三七-催告書、弁一三八-「借入元利金の返済猶予の件」と題する書面、弁一四三ないし一四五-不動産登記簿謄本)
(伊藤平4・11・26付法廷供述28丁裏10行目から33丁表最終行)
<2> 右の状況のため親族に対しても、金利が支払えない理由を説明して金利支払猶予の確認書を貰ったりして、親族に金利の支払いを待って貰ったのである。
(ふみ平4・4・24付法廷証言49丁表6行目から50丁表6行目)
(八重子平3・10・4付法廷証言28丁裏1行目から30丁表2行目)
(ハツ江平4・1・29付法廷証言19丁表3行目から10行目)
(光江平4・6・5付法廷証言64丁裏13行目から65丁裏1行目)
(確認書について-八重子分・弁四八、ハツ江分・甲一一七)
<3> 以上の次第であるから、長い間被告人から親族らに対する金利支払いが無かったという外観から、親族らの被告人に対する貸付が真実は存在しなかったからだという原判決の判断は明らかに誤っている。
(4) 原判決は『光江がマンションを購入したこと自体が唐突で不自然であり、王子税務署の税務調査を考慮して急遽形式を整えたと疑われる』としている(原判決22丁表4行目から10行目まで)。
<1> しかし、平成元年三月末頃、光江は、同人の飛島株売却益でマンションを購入しようと考えて、ふみ、和代、被告人と共に地元の作新不動産からの情報で、北区豊島町にある恒陽マンションを下見に行っているのである。
(光江平4・6・5付法廷証言81丁裏9行目から83丁裏13行目)
(ふみ平4・5・15付法廷証言4丁表13行目から5丁裏12行目)
(和代平4・7・29付法廷証言72丁表13行目から75丁表3行目)
(伊藤平4・11・26付法廷供述43丁表1行目から44丁裏4行目)
だが、光江は、恒陽マンションの外観が汚いことなどから気に入らなかったため購入しなかった。そのため、被告人は光江の依頼で飛鳥山スカイハイツの一階にある不動産業者に飛鳥山スカイハイツなど三件の物件を指定して情報提供を依頼したりしていた。
(伊藤平4・11・26付法廷供述44丁裏5行目から45丁裏1行目)
(なお、その時点で光江だけがマンションを購入しようとした理由については、弁論要旨185頁から186頁参照)
<2> 王子税務署から調査の連絡がある前に、光江は銀行に対してマンション購入資金の借入申込をしている。
弁八九(住友銀行に対する「借入申込書」)によると、光江は住友銀行に対して平成元年一一月六日付で融資申込をしているが、同日は月曜日である。したがって、融資申込について光江が住友銀行の担当者に対して最初に相談したのは、前の週であることは明らかである。
従って、光江が住友銀行に融資の申込の相談をしたのは、いくら早くても一一月四日(土)以前ということになるが、当時はすでに土曜日は銀行は休みとされていた。また、一一月三日(金)は文化の日で銀行は休みである。よって、いくら遅くとも、一一月二日(木)以前であることは明らかである。
ところが、王子税務署の大竹が最初に被告人に税務調査の電話連賂を入れたのは一一月四日(土)だと証言している。
(大竹平4・12・24付法廷供述2丁表4行目から8行目)
ゆえに、光江が銀行に融資のことで最初に相談したのは、右の通知以前であり、従って、右税務調査と関係がないことは明らかである。
従って、その後に通知のあった右税務調査を考慮して形式を整えたという原判決は証拠上明らかな日時の前後関係を取り違えた判断をしており、明らかな事実誤認である。
<3> また、大竹が、右税務調査をするための電話連絡をしたときは「所得税、相続税のことについて伺いたい」という申し入れをしたにすぎず(大竹平4・12・24付法廷証言8丁表8行目から11行目)、実際に臨場調査をしたときも、本件飛島株については一切触れられていない。
(大竹平4・12・24付法廷証言10丁表9行目から11丁表4行目)
(倉持平4・12・24付法廷証言4丁表2行目から10行目)
(伊藤平4・12・24付法廷供述2丁表12行目から3丁表3行目)
よって、被告人は、大竹の右税務調査の連絡や臨場調査の当時、本件飛島株が税務当局によって問題とされていることは知らなかったのであるから、右税務調査に対して『急遽形式を整えた』との原判決の判断は、証拠によらない全くの事実誤認であるといわざるをえない。
<4> 被告人は光江がマンションを購入するに当たって、同女に対して金三一〇〇万円を返済している。
(弁一〇〇-確認書)
この点からみても、形式を整えたなどとは言えないことは明らかである。
<5> 光江はその後、本件マンションを他に貸して、その家賃を取ってきた。
(光江平4・6・23付法廷証言30丁表13行目から31丁裏2行目)
(甲一五七-マンション一時賃貸借契約書)
(弁九九-光江の銀行預金通帳)
<6> 被告人が光江との約束に従って、本件マンションのローン分を毎月光江に対して返済し、これを光江が銀行に払っていたのであるが、被告人が光江に対してこれを支払えなくなったのは、被告人が本件で逮捕されたからであって、それまでは約束どおりに支払っていた。
(光江平4・6・23付法廷証言33丁裏6行目から34丁7行目)
(5) カテリーナの件について、原判決は『右マンションをもって弁済に当てたというその経緯は、唐突で不自然なところがあり、右親族らが真に弁済を受ける意思をもって右マンションの譲渡を受けたかは疑わしく、しかも右マンションには・・・四億二〇〇〇万円の抵当権が設定されており、・・・実質的にはいまだ親族らへの弁済が済んだとはいえない状態にある。』としている(原判決22丁裏4行目から23丁表5行目)。
<1> しかし、利息の支払いを受けられなかった親族らが、マンションの貨料を取得できる提案を了解したことは自然である。
(八重子平3・10・22付法廷証言60丁裏6行目から61丁裏6行目)
<2> 親族らに対するマンションによる弁済の話は、平成元年八月頃から出ていたものである。
(ふみ平4・4・24付法廷証言53丁表12行目から55丁表12行目)
(和代平4・7・29付法廷証言75丁表4行目から76丁表13行目)
(八重子平3・10・22付法廷証言60丁表2行目から同丁裏3行目)
そして、被告人は、平成元年九月末か一〇月始め頃、世田谷の自宅において、ふみ、和代、ハツ江に対し、札幌にあるカテリーナの写真を見せながら、親族ら(但し、光江を除く)が共同で買うのに丁度よいマンションが見つかったので、このマンションを親族らに転売する方法で借入金を返済したいと説明した事実がある。
(伊藤平4・11・26付法廷供述67丁表2行目から68丁表3行目)
(八重子平3・10・22付法廷証言60丁裏6行目から61丁裏6行目)
(和代平4・7・29付法廷証言77丁表12行目から同丁裏11行目)
(ハツ江平4・1・29付法廷証言26丁裏13行目から27丁表13行目)
<3> 抵当権の存在は被告人と親族らの契約書上も明記されており〔伊藤平2・11・13付検面調書添付資料<6>-一~四(各土地建物売買契約書)のそれぞれ第7条〕、親族らは遅くとも平成元年末頃から抵当権が付くことは了解していたものである。
(ふみ平4・4・24付法廷証言61丁表11行目から62丁裏2行目)
(ハツ江平4・1・29付法廷証言28丁表3行目から29丁裏5行目)
(和代平4・7・29付法廷証言80丁裏8行目から81丁表7行目)
また、抵当権が設定されているとはいっても、被告人が逮捕されるまでは、ローンは支払われていたのである。
<4> カテリーナマンションを購入した親族らは、全員、札幌まで現物を見に行って、皆気に入った事実がある。
(和代平4・7・29付法廷証言99丁表12行目から100丁裏2行目)
(八重子平2・11・12付検面調書22丁裏11行目から23丁表6行目)
<5> マンションの管理会社との契約などは、被告人とは無関係に親族らが自分達自身で行っている。
(ふみ平4・4・24付法廷証言63丁表9行目から65丁表2行目)
(八重子平2・11・12付検面調書28丁表9行目から同丁裏1行目)
<6> カテリーナマンションを購入した親族らは、平成二年二月以来、全員、同マンションの家賃を持分に応じて受領してきた。毎月の家貸収入は例えばふみの場合は金三〇万円ぐらいであり、これまでの収入の総額は、金一〇〇〇万円以上に及んでいる。他の親族も持分に応じてそれぞれ同様に家賃を取得してきた。勿論、これらの金銭は親族らが各自の収入として自由に保有・使用している。
(ふみ平4・4・24付法廷証言65丁表3行目から同丁裏9行目。家賃対等につき、同66丁裏1行目から9行目)
(八重子平2・11・12付検面調書28丁裏2行目から8行目)
<7> 以上<1>ないし<6>のとおり、被告人並びに親族らの言動を総合すると、親族らが真に弁済を受ける意思をもって右マンションの議渡を受けたことは疑う余地のないことであり、その譲渡に到る経緯も自然であって唐笑などという余地もないことは明らかである。
<8> また、抵当権が付いているから弁済が済んだとはいえないとの点は、万一、被告人がローンを支払えないために競売などになったときは、被告人の親族らに対する債務不履行が問題となることは確かであるが、それは譲渡の有無とは別問題である。百歩譲って、仮に『・・・実質的にはいまだ親族らへの弁済が済んだとはいえない状態にある』としても、被告人と親族ら間のマンション売買契約が不存在あるいは無効という法理はありえない。
よって、原判決の判断はいずれの観点からみても、事実誤認であることは明らかである。
六 脱税の意思を窺わせるその他の事情についての誤認
1 脱税指導したとの点について(原判決23丁裏8行目から24丁表7行目)
(1) 原審は、被告人が、『松尾、小林に飛島株を、妻あるいは親族の名義でも購入するよう盛んに勧めた上、・・・・・・形式を整えれば課税を免れ得るものと理解されるような説明をした』と被告人が松尾、小林に対して脱税指導した旨認定している。
しかし、公判廷において、松尾は、被告人から脱税指導を受けておらず、同人の検面調書の脱税指導を受けたかの如き記述が事実でない旨明言し(松尾平3・5・8付法廷証言16丁表から19丁表)、また、小林の証言は、同人の責任を軽減しようとして不自然な供述となっているが、結論として、被告人から脱税指導を受けてないと断言している。(小林平3・5・21付法廷証言74丁裏から75丁表)
松尾、小林は、被告人不在の公判分離された同人らの公判廷においても、被告人から脱税指導を受けていない旨一貫した供述を行っている(企判分離された松尾、小林の法廷における両名の平3・3・19付法廷供述)のであるから、右証言は極めて信用性が高いものである。
また、被告人には、松尾、小林に脱税指導する理由も必要性もなかった(特に、被告人が経営する会社のメインバンクの融資担当者である松尾に脱税指導することは考えられない)のであり、被告人が脱税指導をしていないことは十分に証明されている。
(弁論要旨109貫から124頁)
(2) 原審は、平成元年一二月の被告人と松尾、小林との間の電話のやりとりを脱税指導した被告人の事後工作であると評価しているが、その認定方法については、次のような重大な疑問がある。
右電話のやりとりが事後工作であるかどうかはそのやりとりの内容により決定されることは言うまでもないところ、右電話のやりとりを録音したテープが存在しており、そうである以上、右録音テープを取り調べることなく事後工作であると認定することは許されない。
そのため、弁護人らは、右録音テープを証拠申請したい旨予め申し入れたが、原審はこれを事実上却下してその提出を認めなかった。
にもかかわらず、原審は、右電話のやりとり内容について被告人に不利益な事実を認定しているが、右認定は、認定の対象となる電話のやりとりを調べることなく行った点において方法として適当でなく、弁護人らの証拠申請を事実上認めなかった点において訴訟を主宰するものとして公平を欠いたものといわざるを得ない。
従って、原審は、右電話のやりとりを録音した録音テープを採用して取り調べるべきであったものであり、右録音テープの内容を取り調べれば、事後工作の電話でなかったことは容易に認定できたものである。
2 税務署の調査などに合わせて隠蔽工作をしたとの点について(原判決書 24丁表8行目から同丁裏10行目)
(1) 昭和六二年一二月の王子税務署の調査は、会計事務所の昭和六一年度分以前の事業所得の調査であるから、昭和六三年三月一五日が申告期限である飛島株取引の調査ということは理論的にも実務的にもあり得ず、また、現実に、右調査において株取引についての調査は一切行われなかった。(倉持章平4・12・24付法廷証言)
従って、原審の認定には、株取引になんら関係のない調査をもって、その頃に取られた確定日付を隠蔽工作であるとした誤りがある。
(弁論要旨165頁から170頁)
(2) 原審は、『銀行支店次長に対する査察調査の記事が出たため、その直後に隠蔽工作として和代と被告人間の契約証書に確定日付を取った』旨認定している。
確かに、右査察調査の記事が和代と被告人間の契約証書に確定日付をとった一つの契機であったが、真実親族らの取引であっても、名義借り株取引に関する記事を見て確定日付をとることは何ら不自然ではないのであるから、それだけで、その行為が隠蔽工作であると認定することは許されない。
むしろ、右契約証書及びその確定日付が隠蔽工作のためのものであるならば、和代以外の者との契約証書に確定日付を取った昭和六二年一二月時点で、最も名義借りを疑われる可能性のある妻和代との契約証書を作成することを忘れる筈がなく、契約証書を作成したのであれば、確定日付を取ることを忘れる筈がないというべきである。
(弁論要旨88頁、165頁から170頁)
(3) また、原審は、『右新聞記事を契機としてふみに対する抵当権設定仮登記という隠蔽工作を行った旨』認定している。
しかし、右新聞記事が出た昭和六三年六月二四日から右仮登記手続がなされた同年七月二三日までに約一ケ月が経過しており、日時が必ずしも近接しているといえるか疑問である。
万一、抵当権仮登記が右新聞記事を契機とした隠蔽工作だとすれば、他にも多数の不動産を有していた被告人としては他の親族に対しても同様な隠惑工作をしている筈であり、ふみについてだけ抵当権設定仮登記をするとは考えにくい。
特に、ふみの飛島株取引は、伊三郎から購入資金を借りて購入しており、他の親族に比べて被告人の取引と疑われる可能性が少ないものであるから、被告人がふみについてだけ右仮登記手続という特別の隠蔽工作をしたとする何ら合理的な理由は見出しえないからである。
被告人がふみについてだけこのような手続をしたのは、昭和六三年二月末日に金利の支払を受けられなかったこと及び被告人が妻の実家に対して積極的な援助をしていたことなどから不安になったふみが、『嫁さん達と争うのは私も嫌だし、何とかしてくれない。』などと強く要求したためである。(和代平4・7・29付法廷証言66丁裏10行目から69丁表行目)
(弁論要旨183頁から185頁)
(4) さらに、原審は、『平成元年一一月初め王子税務署員から臨場調査について連絡を受けたために、被告人が各親族との間の債務残高確認書を作成した』旨認定している。
しかし、王子税務署員から臨場調査について連絡を受ける以前に、光江及びその他の親族が雅叙苑マンション及びカテリーナを購入することが決まっており、同月中旬以降にはそのための融資実行がなされることが予定されていたことから、『精算書』(弁五四-八重子分・甲一一五 -ハツ江分)の右肩に記載されている平成元年一一月一日、被告人と親族との間で『残高確認書』(弁四九-八重子分)を作成したのである。
(弁論要旨210頁から213頁)
そして、臨場調査の連絡以前に光江が雅叙苑マンションを購入することが決まっていたことは、王子税務署からの連絡があった平成元年一一月四日より前である平成元年一一月二日以前に、住友銀行に対して光江が雅叙苑マンションの購入資金の融資を受けたいと申し入れていることから明らかである。
即ち、住友銀行の鍵山は、同人が、最初、光江の雅叙苑マンション購入資金の融資申入を被告人を通じて受けたこと、平成元年一一月六日、王子の伊藤会計事務所において、光江から雅叙苑マンション購入資金の融資申込書(弁八九)やそれに必要な住民票や印鑑証明書などの書類を受頂した(弁九〇-与信条件必要書類徴求管理カード)ときに被告人が同席していなかったことを認めている(鍵山恒存平3・6・4付法廷証言5丁裏)。従って、一一月六日より前に右融資申入が住友銀行に対してなされていることは明らかである。そして、一一月五日は日曜日、同月四日は土曜日(平成元年には銀行は週休二日制となっていた。)であり、さらに同月三日が祝日(文化の日)であったことから、右融資申込が少なくとも同月二日以前であったこともまた前述のとおり明らかである。
右融資申込が同月二日以前になされている事実は、残高確認書は既に融資実行が予定されていた平成元年一一月一日に作成されているとの被告人の主張とその時期において符号するものであって、残高確認書が同月一日に作成されていたことを裏付けるものである。
(弁論要旨211頁から213頁)
3 第一証券池袋支店に対する王子税務署の照会について(原判決24丁裏11行目から25丁表3行目)
(1) 第一証券池袋支店は、税務署に対して被告人と伊三郎の株取引のみを記載した回答書(甲一三〇)を送付しており、原審は、右回答書は被告人の依頼に基づくものである旨認定している。
しかし、右回答書は、被告人が第一証券の担当者に対し、「同一生計でないから伊三郎(の家)の分と自分(の家)の分を別々に回答してほしい」と依頼したにもかかわらず、右担当者が「伊三郎の分と被告人の分だけを回答してほしい」旨依頼されたと誤解し、作成送付したものである。
そして、第一証券が作り直した回答書を被告人にファックス送信して確認しなかったために、被告人は自分の依頼の趣旨が誤解されたことに気付かなかったのである。
(伊藤平4・12・4日付法廷供述17裏8行目から22丁表最終行)
古屋光夫証人は、最初被告人に電話した依田から「今伊藤さんと話してるんだけど分からないんで代わってほしい」と言われて管理担当の同人が電話に出た上(古屋光夫平4・2・20付法廷証言14丁)、伊藤から「両親とは同一生計ではないんだけれども」という話が出た可能性があることを認め(同15丁裏6行目)、さらに、「伊三郎の分は除外してくださいと、伊三郎さんのことまで聞かれるのは煩わしい」という話があったことを認めている(同16丁裏11行目)。これらは被告人の主張に合致するものであり、古屋が被告人の依頼の趣旨を誤解して回答書を王子税務署に送付した事実を推認させるものである。
(2) 尚、右事実について、弁護人らは弁論要旨で格別の反論を加えていないが、それは、検察官が論告でまったく触れていないことから、検察官も被告人の右主張を認めたものと考えていたためである。
4 税務署の調査に対する備えについて(原判決25丁表4行目から25丁裏3行目)
(1) 王子税務署が株取引について調査していることを知った被告人は、平成元年一一月二〇日過ぎ頃から同月下旬頃にかけて、親族らに対し、売買報告書、取引一覧表及び収支計算書などを交付し、税務署から株取引について問い合わせがあるかもしれないことを告げて、税務署から聞かれるポイントを説明している。
(2) 原審は、右事実において、被告人が親族らに『親族らが自らの意思で株を購入したのであるならば当然覚えていると思われる内心の事柄に関する内容』を話していること及び被告人から詳しいメモを渡されその内容を一生懸命記憶しようと努めたと認められる親族がいたことなどを指摘し、『これらは被告人が税務当局の調査に備えて工作したことを窺わせる』と認定している。
(3) しかし、税務署が株取引について調査していることを知った以上、税理士である被告人が税務署の調査にキチンと答えられるように親族らにアドバイスすることは当然であり、なんら不自然でない。
購入資金、購入手続とともに税務署から聞かれるポイントである購入意思をも税務署にキチンと説明するようアドバイスすることは極めて自然なことであり、購入意思を表す内心の事情についてアドバイスしたからといって、それが隠蔽工作であるということはできない。
被告人のアドバイスを受けて、ふみ、八重子及び光江は、被告人が話した内容を走り書きしている(甲一五一、一〇五、一五四)が、その記載内容は、購入意思、購入資金及び購入手続に関する事実及びこれに付随する事実であり、その記載方法は断片的で、自ら株取引を行ったことを前提にして始めて理解できる記載となっている。
例えば、右メモには「ライフ金利一割〇九分」(甲一五一)とか「ライフより借」(甲一五四)という紋切り型の記載があるところ、親族らが名義を貸しただけであれば、高齢であるふみなどはそもそもライフについての説明自体ができない筈であるから、それが隠蔽工作であれば、ライフがどのような会社であるかについても説明をしてそれを記載させていなければならない。
従って、このような記載内容は、むしろ、ふみや光江がライフがどのようなものであるかを十二分に理解していたことを推認させるものであって、被告人の主張を根拠づけるものである。
(4) また、原審のいう被告人から渡された詳しいメモを記憶しようとした『親族』とはハツ江を、『詳しいメモ』とは一一項目のメモを、『記憶しようとした』とはハツ江が大学ノート(弁一二二)に株取引の事実を記載したことを指すものと思われるが、ハツ江が税務署に説明するために大学ノートに記載するなどして準備することは何ら不自然なことではない。
ハツ江は、査察調査において、事実関係を十分に説明することができなかったために、査察調査後の正月頃、自分の記憶を喚起するために大学ノートに一連の事実を記載したものであり、被告人のメモを丸暗記したものではないことは、大学ノートの記載の方が量が多いこと及び記載内容が被告人の記憶に基づいて作成した一一項目のメモ(甲一一四)と異なっていることからも明らかである。
(弁論要旨217頁から220頁)
第三 その他の株式取引の帰属について(原判決25丁裏11行目から28丁裏10行目)
一 和代の東洋リノリユーム株の購入について(原判決26丁表10行目から27丁表10行目)
1 原審は、『被告人が既に親族名義を利用しての飛島株の購入を行った後に行われていること』を唯一の根拠として、昭和六一年八月以降の和代の東洋リノリユーム株購入も被告人の取引であると認定している。
しかし、前述のように、被告人は親族名義を利用して飛島株の購入をしていないのであるから、右認定はその前提事実において間違っている。
2 また、伊三郎のライフ口座を利用して購入した最初の八万九〇〇〇株について、原審は、『昭和六一年八月末ころには、伊三郎は、飛島株に関する被告人の情報が信用できなくなって同株を売り始めていたところであり、同人自身は東洋リノリユーム株を購入していないことから』、被告人の取引であると認定するのに妨げとなるものではないとしている。
しかし、右理由は、いずれも、伊三郎の取引でないことの根拠とはなり得ても、和代でなく被告人の取引であることの根拠となり得るものではない。
3 昭和六一年中の東洋リノリユーム株の購入は、被告人と和代を合計しても一五万九〇〇〇株であって非課税枠をはるかに下回っている。被告人は昭和六一年中に東洋リノリユーム株を六万株しか購入していないが、それは、同人の資金では同株をそれだけしか購入できなかったためである。
従って、昭和六一年八月当時、被告人が和代の名義を借りて株取引を行う必要はまったくなく、被告人に和代の名義を借りて株取引を行う意思がなかったことは明らかである。
(弁論要旨173頁から174頁)
4 原審は、伊三郎が単にライフ口座の枠だけを貸したとの前提に立ち、伊三郎が『そのライフの枠を被告人が利用するのを許した』と認定しているが、伊三郎は、ライフから融資を受けるために必要な保証金も出しているのであるから、原審の判断は、その前提事実に誤りがある。
そして、伊三郎が保証金を出している事実をも前提として、その取引が被告人の取引であったと認定するためには、昭和六一年八月当時から、被告人は伊三郎のライフの枠及び資金を自由に利用できる状況にあったことが立証されなければならないところ、そのような事情を窺わせる根拠はまったく存在しない。
従って、原審のこのような判断は、株式取引における伊三郎の独自性を意味もなく否定するものであって極めて不自然である。
5 万一、伊三郎において、被告人の東洋リノリユーム株購入のためにライフの枠だけでなく、その保証金まで提供して名義借り取引に協力するのであれば、被告人としては、なにも和代の名義を借りる必要はなく、伊三郎の名義を借りて東洋リノリユーム株を購入すれば足りた筈である。
税理士の息子の脱税行為を認めて加担するような父親は極めて稀な存在というべきであり、伊三郎も、また、和代の東洋リノリユーム株の購入が名義貸しではなく、真実和代の取引であったから、自分の保証金とライフ口座枠を和代に貸したのである。
二 東洋電機製造株の購入について(原判決27丁表最終行から28丁表四行目)
1 原審は、『被告人自身が情報を得て行われたものであること』及び『被告人が親族名義を使っての飛島株の購入・売却を行っていた後に行われていること』を理由として、被告人の取引と認定している。
しかし、被告人に教えられた株情報で親族らが購入することは何ら不自然でないだけでなく、被告人が最初に情報を得たからといって同人の株取引であるとする合理的根拠もない。
また、前述のとおり、被告人は親族名義を利用して飛島株の購入をしているとの前提事実自体間違っている。
2 特に、原審は、伊三郎名義で購入された二万二〇〇〇株を被告人の取引であると認定しているが、右取引は、伊三郎自身が、伊三郎の自宅近くの三洋証券野田支店に行って同人の購入資金で現物買いをしたものである(大蔵事務官早川正作成にかかる検査顛末書・65頁)から、右株取引は伊三郎の取引であることに間違いなく、右認定は明らかに誤っている。
また、仮に、脱税目的で他人名義を借用して購入したのであれば、二万二〇〇〇株という株数はあまりに少なく、不自然・不合理である。
3 原審は、『伊三郎自身は昭和六一年一二月の飛島株の全部の売却により、被告人からの情報による株取引についてはすでに手を出すことをやめていた』(原判決27丁裏末尾から28丁表4行目)との根拠のない推測による認定を唯一の拠り所として被告人の取引であると認定している。
しかし、伊三郎が、昭和六一年一二月までに同人が購入した飛島株を全部売却したことの一事をもって伊三郎が被告人からの情報による株取引を今後一切しないと決意したというのは余りにも根拠のない独断による認定である。
株取引をする人間の常識的心理としては、ある者の情報が誤っていて一度多少の損をしたとしても、その者が次に信頼できる情報を提供してきたと思えば、その情報にのって利益を得ようと考えるのが通常である。
まして、伊三郎は、被告人の情報による昭和六一年中の飛島株の取引により約四二七五万円という多額の利益を得、また、同人が行った『でっち亭』の飛島株の取引では約六〇〇〇万円の利益を出しているのであるから、被告人からの情報による株取引をしないと決意する根拠は何ら存在しないのである。
従って、伊三郎自身が三洋証券野田支店に行って同人の購入資金で現物買いをした東洋電機製造株が伊三郎の取引であることは明らかである。
4 そして、東洋電機製造株が伊三郎の取引であるということは、逆にいえば、昭和六二年に入ってからも、伊三郎が被告人の情報を信じて株取引をしていたことになり、原審が、昭和六二年一月に購入した伊三郎名義の飛島株を被告人の取引とする理由もまた何ら根拠のないものとなる。
三 ふみの堺化学工業株について(原判決28丁表5行目から同丁表10行目)
1 原審は、ふみの堺化学工業株についても、『被告人が既に親族名義を利用しての飛島株の購入を行った後に購入していること』を唯一の根拠として、被告人の取引であると認定している。
しかし、前述のように、被告人は親族名義を利用して飛島株の購入をしていないのであるから、右認定はその前提事実において間違っている。
2 ふみは、伊三郎から相続した預金約五〇〇〇万円のうち約三〇〇〇万円で堺化学工業株を購入している(弁一三三-遺産分割協議書・ふみ平4・4・24付法廷証言44丁裏最終行から46丁表1行目)のであるから、ふみの取引であることは明らかである
また、ふみが購入した堺化学工業株は合計二万株であるが、仮に、脱税目的で他人名義を借用して購入したのであれば、二万株という株数はあまりに少なく、不自然・不合理であることも伊三郎の東洋電機製造株で述べたのと同じである。
3 原審は、飛島株については、親族らに購入資金がないことを被告人の取引と認定する主要な理由としておきながら、伊三郎やふみが自らの資金で購入している伊三郎の飛島株や東洋電機製造株及びふみの堺化学工業株については、その点をまったく無視している。
これは、一貫しない認定方法であるとの非難を免れないだけでなく、原審が個々具体的な事実関係を軽視し、合目的的な認定を行ったことを端的に示すものである。
4 ふみは、昭和六二年五月頃から、野田の東武証券や池袋の大和証券で日立製作所、川崎重工、神戸製鋼等多くの銘柄の取引をしており(ふみ平4・4・24付法廷証言39丁表以降)、被告人からのアドバイスをメモしたふみの手帳(甲一四九)には、昭和六三年から平成元年にかけて、ふみが、川崎重工、安川電機、神戸製鋼、石原産業、富士通ゼネラル、井関農機及びにっかつなどの多数銘柄の株取引を行い、一二九三万五〇〇〇円を支出していたことを示す記載がなされている(同手帳の表紙の次頁のコピー参照)のであるから、ふみが自ら主体的に株取引をしていたことは明らかである。
(弁論要旨219頁の<4>)
5 従って、ふみが伊三郎から相続した金員をもって購入した堺化学工業株がふみの取引であることは疑いの余地がないものであり、右事情を何ら考慮せず、単に『被告人が既に親族名義を利用しての飛島株の購入を行った後に購入している』という理由のみで被告人の取引と認定した原審の判断が誤っていることは明らかである。
四 和代の・永谷園本舗株及びNTT株について(原判決28丁表最終行から29丁8行目)
1 原審は、被告人が既に親族名義を利用しての飛島株の購入を行った後に購入していること及び親族名義での東洋リノリユーム株や東洋電機製造株の売買と同時期に行われていることを根拠として、被告人の取引であると認定しているが、被告人は親族名義を利用して飛島株等の購入をしていないことは前述のとおりであるから、右認定はその前提事実において間違っている。
2 そもそも、永谷園本舗株やNTT株は和代だけが購入しており、被告人は一株も購入していないのであるから、和代の名義を借りる必要性がまったく存在しない。
にもかかわらず、原審は、これらについても個々具体的な事実関係を無視し、検察官の主張を何ら批判的に検討することなく追認し、被告人の取引と認定しているのである。
第四 量刑の理由について(原判決29丁表9行目から30丁表9行目)
一 量刑の理由中の記載のうち、『罪となるべき事実』に関する認定部分が事実誤認であって到底認められないことは既に述べてきたとおりである。
二 原審は、被告人の無罪であるとの主張立証活動を、『被告人は犯行を否認し、不自然、不合理な弁解に終始し』たとして、量刑において被告人に不利に評価している。
しかし、刑事裁判手続においては、その対象が直接事実であるか間接事実であるかを問わず、被告人の無罪を推認させるに足る事実の主張立証活動をもって量刑を重くすることは許されない。
万一、被告人の無罪を推認させるに足る事実の主張立証活動をもって量刑が左右されることを認めるならば、被告人は有罪となった場合には厳罰を免れないことになるため、事実上被告人から無罪を主張して争う自由を奪い、弁護人の弁護権を否定し、被告人の裁判を受ける権利を侵害することになる。
そして、原審裁判所において、被告人が無罪であると主張立証してきた事実は、前述したように、いずれも被告人の無罪を推認させるに足る事実であって、裁判所において十分な検討が加えられて然るべきものである。
従って、これらの主張立証活動を捉え、『不自然、不合理な弁解に終始し』たものと評価した原審の判断は明らかに不当であり、刑事裁判における被告人の裁判を受ける権利を害するものであって誠に遺憾である。
第五 検面調書の信用性について
一 原審は、弁護人らが不同意とした検面調書につき、その信用性を特段検討することとなく、それらを根拠として事実認定している。
そして、弁護人らの不同意を受けて検察官が証拠調申請し、被告人の勾留中に取り調べた証人の法廷証言はいずれも被告人の主張を裏付けるものであったにもかかわらず、原審裁判官の面前で行われた法廷証言をまったく採用することなく、検面調書に基づいて、ときには検面調書の内容を超えて被告人に不利な認定をしている。
二 しかし、原審が認定の基礎とした検面調書は次に述べるようにその信用性について重大な疑問があるにもかかわらず、それらについて検討することなく採用して、事実認定の資料とした原審の判断は明らかに誤っている。
1 松尾、小林の検面調書
松尾、小林が被告人から脱税指導を受けたかの如き松尾、小林の検面調書の信用性がないことは前記第二 六 1のとおりである。
2 八重子の検面調書
(1) 八重子は、公判廷において、同人が逮捕された後の平成二年一一月六日、正一がチェンジマインドして拘置所に面会に来て『新聞で全国版にも写真入りで報道されて自分の銀行生命もおしまいだ』などと言われたために、検察側の言うとおりにしようと検察官に迎合することを決意した旨証言している。従って、右事実だけでも、八重子の検面調書は、逮捕という異常な事態のもとで、検察官に迎合して作成された信用性の乏しいものであることは明らかである(八重子平3・10・22付法廷証言24丁裏から26丁裏)。
(2) そして、八重子が逮捕後に検察官に迎合したことは、八重子の検面調書に『七万三〇〇〇株については、逮捕されるまで、父が私の名義で買ったものだと思っていた。』とか『取り調べを受けて、七万三〇〇〇株は父の取引ではなく、弟の取引だったのではないかと思うようになった。』などと、逮捕前の認識と異なった内容となっている(八重子平2・11・9付検面調書四項)事実からも明らかである。
尚、右検面調書では、八重子が、逮捕前は、伊三郎に対して名義貸しをしていたと認識していたかの如き記載となっているが、八重子は、公判廷において、伊三郎に対しても『名義を貸すなどということはとても考えていなかった』と証言していることから明らかなとおり、右記載も検察官に迎合したものにすぎない。
(3) 八重子は、検面調書においても、逮捕前に被告人に名義貸しをしているとの認識を有していなかったと供述している。
これは、八重子は伊三郎から飛島株の購入を勧められただけで被告人からは飛島株の購入を勤められた事実もないために、どうしても、当初から被告人に名義を貸していたとの認識を有していたとは認められなかったためである。
従って、右検面調書の記載は、被告人が八重子に『名義貸し』を依頼した事実だけでなく株購入を勧めた事実もないことを示すものであり、伊三郎が八重子に対して株購入を勧めた事実を示すものである。
(4) また、八重子の検面調書には、八重子が被告人から『名義貸し』を頼まれたり承諾したとの記載はどこにも存在していないが、結論として被告人に名義貸しをしたことを認めている検面調書にそのような具体的事実が一切記載されていないことは極めて不自然である。
そこには、逮捕勾留という異常事態下にあるために、本件株取引の帰属主体の評価については検察官の誘導に従って迎合しながらも、自ら体験した事実と明らかに異なる『被告人から名義貸しの依頼を受けた』という具体的事実についてはあくまで否定した八重子の姿勢が端的に現れている。
(5) そして、八重子は、国税局に対して提出した上申書(弁三二)の記載はその当時の記憶に基づいて作成したものであると証言しており、その内容は公判廷における同人の証言と一致している。
(6) 従って、八重子の検面調書はいずれも、検察側が作ったストーリーを押しつけられたものであって八重子が自ら体験した事実との整合性を有しないものであり、その内容に信用性がないことは明らかである。
(弁論要旨230頁から235頁)
3 正一の検面調書
(1) 前述したように『新聞で全国版にも写真入りで報道されて自分の銀行生命もおしまいだ』と考えていた正一は、同人の弟本名正二の『このままの状態ではどんな法律の勉強をしてもいい結果にならない、という助言に基づいて(検察側の検査に協力して八重子を早く釈放してもらう)との我が家(本名家)の方針を決め』(正一平3・6・19付法廷証言63丁裏から64丁表)、平成二年一一月六日、八重子の取調担当検察官である三ノ上検事に会いに行っている。
従って、既に、この段階において、正一は八重子を釈放してもらうために検察官に迎合する危険性を有していた。
(2) そして、正一は、三ノ上検事と交代した有田検事から、八重子の株取引の収益金が八〇〇〇万円ではなく九四〇〇万円であり、さらに、その収益金のかなりの部分が被告人の自宅建築資金に回っているとの明らかな誤導を受けたことがチェンジマインドの大きな理由であったことを認め(正一平3・7・2法廷証言4丁裏から5丁裏)、有田検事から(チェンジマインドした内容を)思い出してくれということで随分悩まされたことがあったと証言している(正一平3・7・2法廷証言2丁)。
また、正一は、有田検事から、被告人が起訴された平成二年一一月一三日、被告人が起訴されたことを伝え、『あなたの調書が起訴に影響を与えないことが分かったでしょう』などと告げて、本件検面調書を作成している(正一平3・7・16付法廷証言38)が、これは、正一がそれまで検面調書の作成に抵抗していたことを推認させるとともに、起訴事実に関係ない調書であると誤認させて作成したものであることを示すものである。
従って、このような有田検事の明らかな誤導と事実の押しつけにより作成された正一の検面調書の内容が事実と相違していることは明らかである。
(3) このことは、正一が八重子の釈放を求めて会いに行った三ノ上検事のもとで作成された平成二年一一月八日付検面調書と本件公判廷において取り調べられた検面調書がその内容において異なっていること(正一平2・11・15付検面調書三項)からも明らかである。
八重子を早期に釈放するために検察側の捜査に協力することに方針を変更した正一が、同月六日以降、敢えて事実に反する供述をする筈はないから、同月八日に作成された検面調書には正一の認識のままの事実が記載されていたことに間違いない。
従って、同月八日の検面調書と内容の異なる有田検事作成にかかる検面調書は、同検事の誤導と事実の押しつけによって作成されたものといわざるを得ないのである。
(4) また、正一の法廷証言の内容は、記憶違いや思い違いは別として、基本的な事実関係において、正一の上申書(弁六・甲八八)の記載内容と一致しているだけでなく、八重子の法廷証言や同人の上申書(弁五・甲八七)の記載内容との整合性が認められる。
(5) 以上から、正一の検面調書二通は、いずれもその信用性が認められないものである。
4 ハツ江の検面調書
(1) ハツ江は、公判廷において、一貫して名義貸しなどしていないと主張しているだけでなく、平成二年一一月八日の勾留理由開示手続においても、名義貸しなどしていないことを明言している(弁一四七-勾留理由開示手続調書)のであるから、右証言などに反する内容の検面調書はその信用性が認められない。
また、ハツ江の法廷証言は極めて具体的であり、真実体験していたうえの記憶に基づかなければ証言できない内容であって極めて信用性が高いものである。
(2) ハツ江は、もともと高血圧の持病を有していたこと及び予想もしなかった逮捕勾留という異常事態に直面したなどから勾留中は極度に体調が悪く、平成二年一一月八日の勾留理由開示手続では、法廷の出入りも単独歩行できず、拘置所の二人の女性職員に両脇を抱えられて入退廷しなければならない状況であった(智一平4・3・13付法廷証言36丁)。
また、釈放直後の医師の診断では、ハツ江の病名は高血圧症及び自律神経失調症、症状は吐き気、食欲不振、めまい、動悸、倦怠感などであった(弁七〇-診断書)が、勾留中の症状も診断書の記載と同様であって、同人は拘置所内において投薬を受けていた。
従って、勾留中のハツ江が、検察官の取り調べに対し、自ら体験したことを十分に説明すろことができない状況だったことは明らかである。
(3) にもかかわらず、公判廷に提出されたハツ江の検面調書二通は、本文二八丁と二七丁の分厚い調書となっているが、ハツ江の健康状態を考えると、ハツ江の説明を受けながらこのような調書を録取することは不可能であったというべきである。
そして、ハツ江の検面調書の内容は、ハツ江の実際の供述がなくても取調検事が他の資料や創造により創作することが可能であることが認められ、これらを総合すると、右検面調書は検察官の作文であるといわざるを得ない。
(4) また、ハツ江の法廷証言の内容は、基本的な事実関係において、同人の大学ノート(弁一二二)や申述書(弁七二)の記載内容と一致しているだけでなく、智一の法廷証言との整合性が認められる。
(5) 以上から、ハツ江の検面調書二通は、作成当時のハツ江の健康状態と大学ノート、申述書、勾留理由開示手続調書の内容を考え併せるといずれもその信用性が認められないものである。
第六 結論 (弁護人らの主張)
一 本件事件の本質と原審の判断について
1 本件の争点が、親族らの株取引(殊に飛島株取引)が被告人の名義借り取引であって売却益が被告人に帰属しているのか、それとも親族らの株取引であって売却益も親族らに帰属しているのかにあることは、原審も認めるとおりである。
そして、原審は、(1)親族の資力・株取引の経験、(2)株式購入資金の調達方法、(3)株取引口座開設手続及び株の購入・売却手続、(4)株売却益の流れ・使途等を根拠として、親族らの取引を被告人の名義借り取引であると認定している。
2 確かに、右各事実は、それ自体、被告人の名義借り取引と疑われてもやむを得ない外形を構成するもの(殊に伊三郎、ふみ以外の者の分)であるが、右各事実のみから、親族らの株取引を被告人の名義借り取引と認定することは許されない。
しかし、原審は、右各事実から認められる疑わしいとされる外形を無比判に採用し、その外形に矛盾する事実については、無視するかあるいは誤った評価をしているものであり、刑事裁判に求められる裁判所の役割・機能を十分に発揮していないものである。
3 敢えていうまでもないことであるが、刑事裁判に求められる裁判所の実質的な役割・機能は、検察官が犯罪を犯したとの嫌疑をもって起訴した中から犯罪を犯していないものを捜し出すことにある。
そして、そうであるなら、本件のように、疑わしい外形を有するケースにおいては、疑わしい外形を有しているために検察官が誤って起訴していないかという観点から十分に検討が加えられるべきであり、検察官が主張する疑わしい外形の存在を無比判に追認して疑わしい外形があることを根拠として名義借りであると積極的に認定することは許されない。
4 原審の判断は、第二、第三で述べたように、疑わしい外形が生じた特殊事情に関する被告人の主張立証を無視しあるいは誤った評価を加え、結論において、検察官が主張する疑わしい外形のみを根拠として、被告人を有罪と認定したものであり、到底容認できないものである。
二 本件事件において、親族らの取引が被告人の取引であると疑われる事情として、まず、前記一の(1)親族の資力・株取引の経験、(2)株式購入資金の調達方法、(3)株取引口座開設手続及び株の購入・売却手続などを被告人と伊三郎に任せていたことが上げられるが、そのようになった特殊事情についてはこれまで詳述してきたとおりである(第二 二 1乃至3参照)。
しかし、原審は、右のような特殊事情を認めず、有罪という結論をまず前提として置き、それに合わせて不自然不合理な事実認定を行っている。
1 そして、右の不自然不合理な認定は、昭和六二年の伊三郎及びふみの株取引に関連する事実認定において、以下のとおり、顕著に現れている。
(1) 前記第二 三で詳述したように、昭和六二年一、二月に購入された伊三郎の飛島株取引は、被告人が証券会社における口座開設及び注文手続を行ったことに違いがあるだけであり、その余は原審が伊三郎の取引であると認めている昭和六一年四月に購入された飛島株取引とまったく同様の取引である。そして、被告人が伊三郎に代わって右手続をしたことについては合理的理由がある(第二 三 1(1)乃至(3)参照)。
原審は、伊三郎が飛島株の値動きに敏感になっていたことと昭和六一年一二月までに同人の飛島株を一旦全部売却したことを根拠として、伊三郎は同年中でライフの融資枠を利用した株取引を終わりにしようとしたと強引に認定して伊三郎の昭和六二年一、二月中の飛島株取引を被告人の名義借り取引であると認定している。
しかし、昭和六一年中に飛島株取引によって伊三郎は四〇〇〇万円以上の利益を得、同人が取引を担当したでっち亭では六〇〇〇万円以上の利益を出しているのであるから、被告人からの情報を一切信用しなくなったとの認定はまったく理由がない。従って、伊三郎が昭和六一年中で取引を終わりにしようとしたとの認定は何ら根拠のないものであって明らかに誤っている(第二 三 2 (3) <1>乃至<4>参照)。
そして、右のように強引に誤った事実認定をしたことから、原審は、その論理的整合性を保つために、昭和六二年四月に伊三郎が購入した東洋電機製造株まで被告人の取引であると認定している。しかし、伊三郎が自ら三洋証券野田支店に出向き、自己の資金で購入した東洋電機製造株を被告人の名義借り取引と認定することが許されないことはいうまでもないことである。
(2) 前述のように、昭和六二年一、二月の伊三郎の飛島株取引の利益については、昭和六一年中の利益と合わせて同人の相続財産として、遺産分割の協議の対象となり、かつ、相続財産として申告されており(第二 三 2 (2)参照)、被告人を含む親族らが、右昭和六二年一、二月の飛島株取引による利益が伊三郎自身に帰属していると認識していたことは明らかである。
また、右相続税申告書において飛島株取引による利益を伊三郎の相続財産として申告した事実は、昭和六三年三月に伊三郎が右株取引の利益を自己の所得として申告した(但し、伊三郎の飛島株取引は非課税取引であるため、現実には確定申告の対象とはならない)のと同視すべきものであるから、客観的にも、右売却益が伊三郎に帰属していたことを証明する事実及び証拠として、右相続税申告書以上のものはあり得ないというべきである。
従って、被告人を含む親族らの遺産分割協議の対象となり、かつ、伊三郎の相続財産として申告されている昭和六二年中の株取引による利益を被告人の名義借り取引による利益と認定することは、明らかに誤った事実認定である。
(3) そして、さらに、原審は、伊三郎についてこのように強引な事実認定をしていたため、伊三郎の妻ふみについても明らかな事実誤認をしている。
原審は、昭和六二年八月にふみが伊三郎から相続した預金約五〇〇〇万円のうち約三〇〇〇万円で購入した堺化学工業株まで被告人の取引と認定している。
しかし、前述のとおり、ふみは、昭和六二年五月頃から、野田の東武証券や池袋の大和証券などで自ら手続をして、日立製作所、川崎重工、神戸製鋼など多くの銘柄の取引をしているのであるから、昭和六二年八月にふみ自身の資金で購入した堺化学工業株取引が同人の取引であることはいうまでもないことである(第三 三参照)。
2 また、原審は、『伊三郎が親族らに飛島株の購入を勧め、それによって親族らが決意したというのも、直ちに信用できない。』と昭和六一年四月頃の伊三郎の役割についても被告人及び弁護人らの主張・立証事実を否定している。
しかし、伊三郎自ら飛島株を非課税枠一杯購入し、でっち亭でも多数の株取引をしていること、自らライフ口座を見つけて来て被告人より先に口座を開設していること、自ら保証金を提供して親族らに転貸融資していること及び八重子の検面調書においても同人が伊三郎から飛島株購入を勧められたと記載されていることなどから、伊三郎が飛島株の購入に熱心であったこと及び同人の保証金を提供して親族らに飛島株の購入を勧めたことは明らかである(第二 五 1参照)。
三 また、本件では、前記一の(4)株売却益の流れ・使途において、被告人が親族らから売却益を借用し、かつ、金利の支払をしていないことから、被告人の名義借り取引と疑われている。
しかし、被告人が、売却益を親族らから借用して『事実上利用』しているものか、売却益が借名取引により被告人に『実質上帰属』したかは理論上明確に区別されるべきである。被告人が売却益を『事実上利用』していることをもって『実質上帰属』していると認定することは許されない。
そして、被告人が売却益を『事実上利用』しているのか、被告人に売却益が『実質上帰属』しているのかを区別するメルクマールは、被告人と各親族らとの間に金銭消費貸借契約が成立し、被告人が親族らに対して金利支払債務及び元金返還債務を負担しているか否かであり、原審は、その点について十分な検討を加えていない点において問題がある。
1 被告人が金利を支払っていないのは、前述のとおり、昭和六二年一〇月頃から、いわゆるミニ国土法の施行による不動産融資に対する総量規制及びブラックマンデーによる株価暴落などが重なったために、被告人及び被告人が経営するアーバンの資金繰りが極端に悪化し、金利を支払っていない金融機関から督促を受け、借入元利金返済の猶予を求めて金融機関回りをしていた状況だったためである(第二 五 4 (3)参照)。
従って、被告人が親族らに金利を支払っていないからといって、被告人が親族らに金利支払債務を有していなかったということはできない。
2 逆に、被告人が親族らに対して金利支払債務及び元金返還債務を負担していることを示すものとして次のような事実が存在する。
(1) 八重子と光江は、伊三郎の遺産分割協議により、八光荘の敷地だけを相続して現金を一切取得していないが、二人の二億円を超える飛島株売却益を被告人が取得しているのであれば、八重子と光江は、遺産の中から相当額の現金の分割を受けることを主張していた筈で、このような遺産分割を八重子と光江が了承することは考えられない。
八重子と光江がこのような遺産分割を了解したのは、同人らが被告人に対して元利金支払請求権を有していたからであり、その他の理由は考えられない。
(2) 平成元年一一月、光江は、同人が雅叙苑マンションを購入した際、被告人から合計約三一〇〇万円を雅叔苑マンション購入代金の一部及び改装費として返済を受けている。
前述のように、住友銀行から融資を受けて光江が雅叙苑マンションを購入することは、平成元年一一月四日の王子税務署からの連絡以前から決まっていた(第二 六 2 (4)参照)のであるから、被告人が光江に対し、住友銀行からの融資金で足りない金員を同人に返済することも決まっていたのである。
(3) その他にも、被告人が親族らに対して金利支払債務及び元金返還債務を負担していることを推認させる次のような事実が認められる。
<1> 昭和六三年三月に親族が支払猶予を承諾する旨の確認書を作成していること。
<2> ふみからの要求に基づき、被告人が抵当権を設定していること。
<3> 平成元年三月末頃、光江が購入対象物件として恒陽マンションを下見に行っていること。
<4> 被告人が、税務署の株取引調査を知る以前から、カテリーナを転売することが決まっていたこと。
<5> 金利の支払を受けた八重子が扶養控除の異動申告書を税務署に提出していること。
<6> 雅叙苑マンション及びカテリーナを親族ら自らが見に行ったうえ、その管理を親族らが行い、固定資産税及び管理費等を負担していること。
<7> 雅叙苑マンション及びカテリーナの賃料を親族らが受領していること。
<8> 被告人から転貸融資を受けて東洋電機製造株を購入して損をした加納繁樹との関係において、加納が被告人に借入金返還債務を負担していること。
四 以上の次第であるから、昭和六二年中の株取引により生じた所得は被告人に帰属しているとし、被告人に脱税の意思があったとする原審の判断は明らかに誤っている。
以上